深夜一時、メールが来た。

携帯電話を開いて、受信ボックスを開いて、メールを確かめて、・・・携帯電話を閉じた。
頭をかきながら、逡巡すること10秒弱。考えたって答えはもうすでに決まっているとしても。
「あー もー」、「あのアホ」、「なんでやねん」。こんな独り言を繰り返しながら、ジャージをジーンズにだけ履き替えて、ジャンパーを手に部屋を飛び出す。
正直今の俺は寝る直前だった。風呂も入ったし濡れた髪もほとんど乾いたしストレッチもしたし特に気にしているテレビやラジオなんかもない。あとは電気消して布団に入ってしまえば5分もかからないで眠ることができただろう。

にもかかわらず、俺は深夜一時の住宅街を、足音を殺しながら走っている。おかげでストレッチして伸ばした足の筋肉がまたピンと張ってきた。


走って5分のその公園は、住宅地に住む幼稚園生くらいの子供達に向けた小さなものだ。
遊具はやたら低いブランコとやたら傾斜が緩やかな滑り台、あとは砂場だけ。
そのやたら傾斜が緩やかな滑り台のてっぺんに立って、は俺を待っていた。

「あ、信五だ」

最近髪を切った彼女は白々しくそう言って、滑り台を滑り降りて俺に駆け寄ってくる。その手にはコンビニのビニール袋。
「にくまんとあんまんとー、コンポタとおしるこがあるよん。どれがいー?」
あ、ちなみにあたしあんこと小豆嫌いだからね。
そんな風に付け足して、それで尚「で、どれにすんの?」とニコニコ返答を待っている。もちろん俺に選択肢なんてない。
「・・・あんまんと、おしるこで ええけど」
「オッケーィ、・・・はい、と」
手袋もせずに走って冷え切った手に、あんまんとおしるこは暴力的なくらい温かかった。びりびりする。
「まぁ食えってぇーちゃんがおごってあげるんだからさぁ。買いたてだよ?ほかほかだよ?」
「いや食うけどな、それよりお前何しとんねんこんな時間に」
「・・・え、メール見てないの?」
ベンチに隣りあわせで腰掛けて、コンポタの缶を上下に振りながらはきょとんとした顔で訊ねる。見ていなかったら来るわけがないだろうに。
あんまんは思ったよりあんこが多くて、胃に重い。流し込もうにもおしるこ。・・・わざとだとは思うが、正直辛い。それでも俺がどうにか8割方食べ終わった頃、は口元まで覆っていたマフラーをずり下ろした。
公園にたった一つしかない、頼りない街灯。
その光が照らし出した唇は赤紫色で、端は切れている。
驚いて一瞬息を止めた俺を他所に、はさんざん振ってコーンをまんべんなく行き渡らせたコンポタをその口に含んで、しゃくしゃくとコーンを噛む。ごくりと溜飲する音。
「ったぁー、染みんだけどコレ!やっぱミルクティーにするべきだったかなー」
はその傷を隠すつもりもないようで、傷口に指で触れて顔をしかめてみせる。
コンポタだろうとミルクティーだろうと(それこそおしるこだろうと)、できたばかりでまだ血に湿っているであろうその傷に染みないはずはない。
「メール見たんでしょー?『ブランコ乗りたいから付き合って』って送ったじゃん」
「、そうやけど。 お前これでもし俺が寝てたりしてメール見んかったらどないすんねん」
「・・・・・・あぁー なるほど、・・・」
本気でその場合については考えていなかったらしいは、頷きながら視線を浮かせる。
「・・・ま、いーじゃん。見て来てくれたんだし」
しかし結局そう結論付けて、「つーか信五ははやくあんまん食べなよ」と笑いながら口を尖らせた。
そのくせの持つにくまんはひと口齧られた形のままそれ以上減る事はなく、目に見えて白い湯気が少なくなっていく。
「コレ、」
が自分の口元を指さした。
「成績落ちたっつってさー、お父さんにブン殴られた!」
10位圏内から20位になっただけだっつーの。しかも学年順位だよ?十分じゃない?
そう言って底抜けに明るい笑顔で笑う。
「数字が好きなひとはこれだからなー・・・あたしなんかそろそろ九九も忘れそうなのに、 まぁ嘘だけど」
「嘘で当たり前や・・・・・・んー、でもまぁ そんなもんくらい忘れてもええと思うけどな」
俺はの口元から視線を落として、履き古したナイキを見る。一口、二口とちょっと無理をすれば、ようやくあんまんは全て俺の胃の中に納まった。ちょっと喉につまって息苦しかったけれど、それよりが唐突に押し黙ったからもう一度そちらを見た。
は眉毛を下げて困ったみたいに、吐息だけで笑った。
「・・・・・・なんか、もー信五ってほんとさー」
「・・・なんやねん」
「あーううん、いい。いいんだけどね」
「なんやねん!」
泣き笑いみたいなその顔は、次第に『笑い』が『泣き』の大半を消し去っていく。
それはいいことだけど、俺には何がなんだか、何に笑っているのかがわからないあたりが辛い。
はコンポタをぐいっとあおって、
「うん、あたしほんと 、信五のことすきだよ」
それを飲み干してそう言ったときには、いつもの底抜けに明るい笑顔だ。
「  は、」
「さぁーてそろそろ眠くなってきたし、ホテルでも行こっか」
「はぁ!?」
やだ過剰反応ー、とけらけら笑う彼女は、食べかけのにくまんをビニール袋に戻して、立ち上がる。
「冗談。あたしもうお金ないもん。信吾だってお金持ってきてないっしょ?残念でしたー」
「お前なぁ・・・」
確かに残念だけれども。は俺に手を差し出して、俺はその手を握って、ベンチから立ち上がる。冷え性のでも温かいものに触れていた手にはまだ熱が残っていて、なんだかほっとした。
「・・・そういやお前、ブランコ乗りたかったんちゃうの?」
何の迷いもなく公園を後にしようと俺の手を引くにそう訪ねる。
はくるりとブランコを振り返って、

「あーいいの。あたしブランコ酔いするから乗れないし」

とあっさり言ってのけた。



A.M. 1:23 それはまるで船旅のように君を誘う