吐く息の白いこと白いこと、まるで喫煙者になったみたいだ。 光を放ち始める朝日に細胞が目覚めていく感覚がようやく習慣化してきた朝のランニング。 家の前でアキレス腱を伸ばしていると、 「・・・・・・」 幼馴染同じ高校隣のクラス、のが5,6メートル先にいた。まだ気温の低い明け方。膝上15センチのタイトスカートは見ていて苛々するくらい寒そうだ。 そんな格好で下を向いて両手でバランスをとるようにして、まるで平均台の上を歩くような歩き方。まだ車どおりの全くない道路の白線の上を進む彼女は すい、と顔をあげて俺の姿を見つけて「・・・ハオー」と笑った。 しまりのない、だらしない笑顔はまるで隙だらけだ。昔から変な奴につけ込まれ易いのはそれのせいだということに早く気付けばいい。何をしても怒る事がなさそうだとか言われているのを知っているのか知らないのかはわからないけど、それは残念ながらその通りだった。理不尽なことも不条理もそのまま受け入れる女。懐が深いとか心が広いとか、そんないいものじゃないただのバカ。 そういえば俺の周りにこいつよりも変質者に遭遇した回数の多いやつはいない。 1メートルの距離まで歩いてきて、はまた笑う。 「たっちゃんランニングだー。エライエライ」 「・・・どこ行ってたの」 「彼氏のおうちにいたの」 「・・・・・・」 の彼氏兼俺の友人であるあいつは確か、バスで30分かかるあたりに住んでいた。この時間はその路線のバスは動いていない。タクシーをちゃんと捕まえられたのか、まさか歩いて帰ってきたのか。 「でももうひとりの彼女が訪ねてきたからちゃんは気ぃ利かせて帰ってきたのー」 「どうやって」 「トホホの徒歩だよ。2時間かかってさぁ、もう太陽昇ってるね!夜中だったのに!」 すげっしょ?そう言ってブーツに包まれた脚を俺のふくらはぎあたりにコツン、とぶつける。そのブーツのヒールはわりと低めで、だから歩いて帰ってくることができたんだとわかった。 「・・・馬鹿じゃないの」 でもやっぱり馬鹿は馬鹿。 知っていたくせに。お前以外の女もいることを、ずっと知っていたくせに。知っていて知らないふりをして黙認して、ダラダラと付き合い続けて、そして今。 うん、本当に馬鹿だね。呟くとは苦笑した。 「でも、 もう終わりにしようと思うよ」 白い息と一緒に吐き出した声が含む、柔らかい強さ。まるで朝日みたいな声だと思った。 「できんの?」そう尋ねて、「うん、よゆーで」そう答えられて。 「だってちゃんにはね、真夜中から2時間歩いて帰ってこられる根性があるんですよー?」 そんなことを言う、変わらない幼馴染に笑う。そうだな、としか返す言葉は出てこなかった。呆れていたけど、安心してもいた。まったく、いつもどおりだ。嘘をつかない太陽と同じくらいにいつもどおり。 二股かけられたりしているくせにどこか余裕があって、くよくよしたりしないしドロドロさせたりもしない。なんというか、とんでもなくポジティブに彼女を表現するとすれば、潔い。 馬鹿のくせに潔いというのと、潔い馬鹿というの、どちらがマシなのかは置いておくとして。 「今日学校休んだらあいつ心配するかなぁ」 「しないと思う」 「でも案外いい奴だから気にするかも!」 「しないと思う」 「やっぱり?」 「しないだろ」 「うーん、あいつァ最悪な奴だなほんと!」 「知らなかったの?」 「・・・ 知ってたよ」 全部知ってた わかってたよ、と言ってようやく認めたの頭を、軽く叩いてやれば「痛っ!」と呟く。 「しょーがないから、後で迎えにいってやる」 そう言うと、俺を睨んでいた非難がましい目がみるみる緩んでいって、は終いには笑顔にすらなった。こいつは本当に、つくづく単純だ。 「とりあえずランニング行ってくるから」 「うん!その間にお風呂入って洗い流しとく!」 生々しいからやめてほしい。洗い流すって何をだ。 「・・・・・・ああ、そうして」 「はいよ!」 何故か敬礼のポーズをして、は正面の自宅に堂々と入っていく(朝帰りのくせに)。 それを見届けてからハァ、と吐き出した息はさっきより白さが薄くなっていた。 |