雑誌が発売されたのは今日。



日が昇ってから沈むまでのたった一日でいろんな方面から連絡が来た。知り合いや顔見知りや誰だか思い出せない人物からも、電話やメールが相次いだ。ポリシーを曲げるなんてがっかりだとか、自分のオファーは断ったくせにだとかそういう非難がましい声はほんの一部、残るほぼ全員が俺の初めての人物写真を見て感動したと賞賛し、彼女は誰なのかと尋ねてきた。せっかちやなと思いながら、「まだ言えません」とお茶を濁してかわした。さすがに素性の知れないそのへんの女とは言えないし、そもそもそれを調べるために表紙にしたというのに。まぁそれも言えたことではないけれど。










彼女を探し出したいから最新号にこの写真を掲載しろという俺の申し出を、幼馴染の編集者は「なんかロマンチックやな」と顔をニヤつかせて俺を伺いながらも二つ返事で引き受けた。とはいっても、もしこれがろくでもない写真であれば、どんな事情であろうと、たとえ俺の初の人物写真という触れ込みがついてこようとも掲載なんてしなかっただろう。そういうところはこだわる男だ。だからつまり、この写真はそいつの眼鏡に適ったというわけだ。それはまぁ、予想できていたことだけれど。
「たまたま見つけたにしては可愛い子やん。俺こういう幸薄い感じの子めっちゃ好きやで。泣き顔が絵になる」
「お前のタイプなんて聞いてへん。じゃあ表紙でええんやな?」
「編集長もこの写真やったらゴーサイン出すやろ。却下されても最悪印刷所持ってく直前にこっそりすり替えたらええねん」
「・・・・・・」
いいのか?
そりゃ俺にとって結果が同じなら、別に手段はどうでもかまわないのだけれど。多少部内での株が上がったくらいでそこまで好き勝手していいのだろうか。まぁ深くは考えないが。
「レイアウトとか、こだわりたい?題字さえ被せんかったらこのまんまバーンと使ってもうてええの?」
「せやな、別に加工とかは要らんし・・・」
そこまで答えて、いや、と思いとどまる。
「・・・やっぱこれさ、モノクロにして使って」
「モノクロ?」
モノクローム。白黒加工のことだ。
「えぇー・・・表紙やのに?」
「あえての方向って言い切ったらええ」
「この子黒髪やから、髪と背景と同化するかもよ」
「それはそっちの加工技術でどうにかなるやろ」
「なるかなぁ・・・」
「完全にモノクロやなくてもええし。彩度とかそういうのの数値いじって、モノクロっぽくしてくれたらそれで」
「あっそ。じゃあ試しにやってみるわ」
渋りながらも一応は了承し、そいつはまたもニヤついた顔で「珍しくこだわりますねぇ随分と」と嫌味ったらしい口調で言った。
「・・・まぁそら、プロのフォトグラファーですから」
「そんだけ?」
しつこい。俺がこの女に一目惚れしたとでも言えば大喜びするのだろうが、俺にはこいつを喜ばせるために嘘をつく義務もない。
「あとは、この女次第」
そう答えて、俺は編集部を後にした。
それが、10日前。










そして今日。
シャワーを浴びてリビングへ続く戸を引くと、ちょうど携帯電話が鳴り響いているところだった。
また感想やなんかの電話だったら面倒だから無視しよう。そう思って携帯電話を手に取ると、ディスプレイに表示されている名前はあの幼馴染のものだった。
おそらく、機嫌はいいだろう。そして機嫌がいい時のあいつは、うるさい。
少し身構えながら通話ボタンを押す。
「もしもし」
『あ、今平気?』
「平気。どんな具合?」
『おかげ様で売れ行き絶好調やって!発売日当日の売れ行きとしては今年一番かもわからんわ。買ってくのも老若男女問わずって感じらしいし、やっぱお前の顔と名前出すとちゃうなぁ!』
「そうやなくて」
売れ行き好調のせいだろう、予想通りいつもよりさらにテンションの高いそいつの軽口を遮る。



「あの女、出てきた?」



とはいえ、さすがにたった1日だ。はっきりとした確かな情報は期待していない。幸か不幸か、鬱陶しかった周囲からの反響のおかげであの女がモデル事務所などに所属していない一般人であることは想像できていた。広くて狭く、浅くて深いこの業界。小さな事務所であれどこかに属していればあっさりその情報は浮き上がってきたはず。だがそれがない。だから、一般人。と言えば絞り込めたようにも思えるが、実はその逆だ。名前も何もわからない一般人となれば、探し出すのはさらに難しくなったと言える。



『あぁ、ハイハイ!出てきたで、本人が』



しかしそいつはそう答えた。予想とは逆の答えに「嘘やん」と呟くと、『嘘ついてどないすんねん』とけらけら笑う。
『今日の昼頃やな。いきなり編集部に怒鳴り込んできてさ』
「怒鳴り込む?」
『発売を中止して回収してほしいって。もしかしたらデビュー前のどっかの事務所のタレントやったかなって思って聞いても違うって言うし、そのくせ理由言わんし。でも肖像権なんかがあっちにある以上は、あの子が望むなら発売中止と回収も止むを得ないってことになんねやけどな。まぁ発売日にバカ売れしてもうたから今更って感じやし、素直に回収させてくれる人なんてそうおらんやろうけど。そんなん言うてもこっちは無断使用の立場やから訴えられたら勝たれへん。せやから撮影した本人の意見聞いとこーと思って電話してん」
なるほど。随分遠回りしたが、こいつの電話の主旨は一応はここにあったわけだ。
あの女はやはりどこかの事務所に所属している人間ではなかった。これは読み通り。発売中止を求める。これもまぁ、相手が一般人である以上は想定できることだ。彼女には彼女の生活があるということだろう。
彼女の外見から予測できる年齢は二十台前半といったところ。だとしたらどこかのお堅い企業に属しているだとか内定しているだとかで、この件によって進退が危うくなったり内定取り消しになる可能性がある、とか。あくまで想像だが、そんな仮説だけならいくらでも立てられる。
しかし、それならそれで、そう説明すればいい。その説明さえあれば、出版社側だって早急な対応ができる。なんなら別に発売中止にしたっていい。写真の女を探し出すという目的はもう果たしているわけだから、俺だけの意見を言わせてもらえば雑誌の回収作業をしたっていい。もしそれで間に合わなかったというのなら出版社や俺の名義で会社に直接経緯を説明することだって引き受けよう。
理由も言わずにただ発売中止を要求してきたところで、ちょうど現在のように遠回りな電話やなんかによる連絡の取り合いが続き、結果として対応が遅れるだけだ。そんなことにも思い至らないのか、それとも、言えないような理由がそこにあるのか。



そうだったらいいのに。



後者だったら、面白いのに。



「・・・まぁ、任せるわ。そっちの編集長の判断に俺も従う。発売中止でも回収でも処分でも、好きにして。俺もあとで編集長に電話するし。まぁ今日でそんだけ売れたし話題づくりもできたやろ?だから俺としては責務果たしたって感じやけど、売り上げ見込みぶった切ることについてはとりあえず謝っとかなあかんし」
『関心ないな』
「写真は俺のやけど雑誌はそっちのやん。俺が発売中止すんなとか言える立場ちゃう」
『まぁな。言われても結構困るわ』
「・・・ところで、間違いなくその女やった?」
今更ながらの確認。『当たり前や!』と電話の向こうであいつがどこか憤慨したように言う。
『俺の目ぇ信じられへんの?俺これでも知的な編集者やで?』
「・・・・・・はぁ、だから?」
『間違いない。好みの女の顔は、忘れへん』
知的さは皆無だった。
『ってのは冗談やけど、たまたまか知らん、着とるコートも写真の中のと同じやし、横向いてもらったシルエットもあのまんま。髪の色とか長さも同じや。どんな目的があっても、発売日のうちにそこまで揃えて来られる偽者もおれへんやろ』
まぁ思ったより背は低かったけど。そいつは自分なりの根拠をそう締めくくった。
たしかに、発売から数時間で髪をそめたり全く同じコートを探し出したりはできないだろう。だとしたらこの自称知的な編集者様のご意見はもっともであり、納得できる範疇にあると言える。そもそも偽者なんかが出てくる理由もない。特にメリットがあるわけでもあるまいし。
「・・・それなら俺もいっぺん会っておきたいな」
『え、会ってなんかすんの?』
間髪入れずにそう切り返された。なんかってなんだ。いきなり危害を加えるのではないかと思われているあたり、納得がいかない。
「ただのご挨拶やん。あとはまぁ、お詫び?ネガよこせって言われたら渡すし金払えって言われたら払うしな。悪いようになんてせぇへんよ」
『雑誌の表紙にさせるくらい必死に探しておいて?』
「興味本位。酔っ払っとったとはいえこの俺のメモリアルショット奪った女やぞ。素面でも見ときたいねん。そんだけ」
『なんやぁ。ちょっと期待外れ』
どっちだ。
『じゃあ連絡先教えとくから電話してみたら?』
「そうする」
『こっちも雑誌どうなるか決定したら一応また連絡するし』
「わかった」
そしてあいつが口にした電話番号と女の名前をメモに取り、電話を切った。



「・・・・・・・・・」



なんとなく、口にも舌にも馴染まない名前だと思った。漠然とした感覚で。



とりあえず携帯電話の充電を確認し、そのまま今しがた聞いたばかりの番号に電話をかける。



今の時間は午後10時。夜分と言えば夜分だが、今時こんな時間小学生でも起きているだろうと考えてのことだった。むしろこれより遅いと本当に迷惑になりかねないし、明日の朝にしたってむしろ時間帯を考慮しにくい。彼女がどんな生活をしているのか知らないが、少なくとも俺は高校卒業以降昼夜を意識した規則正しい生活なんて送っていないから想像がしにくい。
しかしいきなり自分を盗み撮りした男から電話がかかってきたらどう思うのだろう。むしろ信じてもらえるのだろうか。もし信じてもらえなかったらあの幼馴染でも間に挟めば済むことだし、それもたいした問題ではないけれど。



でも、まぁ。



心のどこかに確信はあった。
彼女は電話に出る。彼女は俺と会話をする。






彼女と俺は、出会い直す。







呼び出し音が、途切れた。