「今日はお母さんには?会ってかへんの?」
そう尋ねるとは少し考えるそぶりを見せた。
医者とのあんな会話の後だ、もしかしたら会いにくいのかもしれない。それとも単純に、俺がいるから会いに行きにくいのかもしれない。
「なんなら俺、先帰るし。遠慮しとんねやったら全然気にしなくて大丈夫やで」
だからそう言うと、は「・・・それじゃあ」と頷いた。
「すみませんでした、今日はわざわざ」
「来るって言い出したの俺やから。じゃあ、また明日のこととか連絡する」
「わかりました」
そうしてと別れ、病院の外で煙草に火をつけた。
なんか今日俺、普通にええ奴やない?
そんな風に思って、ちょっと可笑しかった。



医者にあそこまで言うつもりはなかった。娘が母親を生かしたいと思うのは、いけないことかと。あんな言い方ではなく、もっとうまく言えばすんなりと医者を説得できたかもしれないのに。そこに関しては、失敗だった。



重ねてしまった、だろうか。
あの部屋では母親が死んだ日のことを思い出しはしなかったはずだけれど、心のどこかで重ね合わせてしまった?



「・・・・・・・」



いや、重ねたからなんだというのだろう。重ねてしまったからの気持ちを理解し、代弁した?そんなはずはない。そんなはずはないのだ。彼女と俺とは、根本から違う。あまりに形が違いすぎて、重ねたところで重なりようがない。
は、母親の延命を望む。何に代えてでも、それだけを願っている。そして俺はその気持ちに理解して、助けたくなって、資金援助の話を持ち出した。
本当のことは言っていない。だけど嘘もついていない。だから騙してない。



じゃあ、本当のことって?









幼い時、母の最期の瞬間。
母親が死ぬ。自分には何もできない。悔しかった。悔しかったのだ、本当に。






だけど、俺は。



母親に生きていてほしいとは、思わなかった。









そんな俺とが、重なるはずがないだろう。俺と彼女は違う。
じゃあどうしてあんなことを言った?・・・それはおそらく、医者の偉ぶった物言いに腹が立ったからだ。彼女がどうこうではなく、俺が何かを言いたくなっただけ。深い意味なんてないのだろう。そうに違いない。そうに決まっている。そうじゃないと、困る。
『騙されやすいタイプやから、気をつけて』・・・まったく、どの口が言うのだろう。そりゃ俺は彼女のことを騙してはいないけど、何度も強引に大げさに、言いくるめている。まだ出会って12日、出会い直して2日しか経っていないのにも関わらずだ。は笑っていた。本当にお人好しで、きっと騙されたことにも気付かないタイプ。
そうしてずっと気付かなかったら、幸せだろう。
だけど彼女は頭がいいから、いずれ気付いてしまう。
悲しみや悔しさが一気に襲ってくる。耐えても耐えても、忘れられない。呑み込むしかない。
本当に、可哀想。



だけど、そうしたらきっと、は泣く。

俺は、彼女が泣いているところを見たいんだ。





























「ガンの末期の患者がいます。手術も不可能なくらい進行して、あとは死ぬのを待つだけ。国内の薬じゃもうどうしようもないから、海外の薬を使いたい。けど病院がそれを許可してくれへん。さて、どうしますか」
『どうしますかっていきなり重いな・・・何それ、誰の話?余命一ヶ月の花嫁?』
「例え話。でもリアルに考えて、どうする?そういう場合」
『病院を説得するか、諦める』
「やっぱそれしかないか」
『それか、転院させる』
「・・・・・・転院」
『がんの研究に力入れとる病院に移ったら、海外の薬でも扱ってくれるかもしれへんやん。まぁ臨床データ欲しさってのはどうしてもあるけど、それで患者が生き延びれたら一石二鳥の結果オーライちゃうん?』
「・・・・・・」
『病院の紹介、したろか?』
「は?」
『事情をちゃんと説明してくれるんやったら、そういう病院紹介したってもええよ。実際こういう考えの患者なんて山ほどおるからさ、病院探しても受け容れてもらえへん場合も多いんやで。んで病院探しにやっきになっとる間に患者が死ぬパターンとかな。でも俺が紹介するんやったら、すぐにでも転院できると思いますけどねぇ』
どうしますか?と電話の向こうで幼馴染は言った。あれから帰宅して、今の時刻は午後10時をまわったところ。撮影の予定などを聞くための電話をかけてきた幼馴染の編集者といくつか業務的な話をして、少し間が空いたのでなんとはなしに意見を聞いてみようと思ったのだった。
そしてそれに対する幼馴染の答えがこれだった。言われてみたらその通りで、特にこんな都心部の病院だったら常に満床状態になっていてもおかしくはない。受け容れ拒否をされても、おかしくはない。
「・・・だけどお前、そんなツテあんの?」
そう尋ねると、幼馴染は『え、忘れたん?』と大袈裟に驚いた声を作る。その要らない小芝居にうんざりしながら「何を」と返すと、



『俺の親、医者やんか』



逆に呆れたように、そいつはそう言った。
「・・・・・・嘘やろ?」
『嘘ちゃうわ!ってか逆に知らんかったの?まさか。俺んとこ親父が医者のおかんが看護婦、ついでに弟は医大生っつーエリート家族やで?』
「だってお前、家のこと何も言わんかったやんか」
『知っとると思うやろ、幼馴染やで?』
「・・・じゃあなんでお前、医者とかなってへんの?エリートのくせに」
『言わせんな。できが悪いからや』
「あぁ・・・」
『納得すな!』
本気で知らなかった。小学生の頃なんかは家に遊びに行ったことも何度かあったけど、家を見ただけでそいつの親の職業が何かまでわかる小学生がいてたまるか。
『・・・それより、どうなん?紹介、いる?』
「え、お前の父親の病院?」
『まぁ、親父が勤めとる病院な。大学病院やけど、わりとガンについての研究では日本の先端のほうおんねやて。俺は興味ないけど、頼んだら絶対オッケーもらえるし』
いい話だ。病院探しをしている猶予がの母親にあるかどうかはわからないし、身内がいるというのなら多少の融通は利くだろう。未承認薬が使えるであろう環境は、これ以上ないほど整っているわけで。
ただ、
『ちゃんと事情を言えばな。例え話とか言うたけどそれにしちゃ具体的すぎるし、実際、そんな人がおんねやろ?』
ここだけだ、問題は。
こいつに今までの経緯を説明してもいいものかどうか。とはいっても、担当編集者だから事情を説明したところで何か不都合があるわけでもない。それにこいつのことだから面白がるかもしれない。面白がられたい話題でもないけれど。事情を話していいのかに尋ねようにも今この場には彼女はいないし、聞いたところでまた煮え切らない答えが返ってくるだけだろう。彼女に一番いいやり方は、事後報告だ。というわけでここは俺の判断で済ませるのが一番いい。
『・・・もしもし?どうする?』
「・・・・・・」








事情を説明したところ『悪代官や!最低!!』と爆笑しながら罵られはしたが、結局幼馴染は言葉どおり、病院の紹介を約束してくれたのだからまぁいいだろう。思いもよらない場所からの突破口が開けた。あとはへの説明だけうまくやればいい。その点に関しては気を抜きさえしなければ、大丈夫だと思う。






さぁ、これでようやく動き出せる。