田中コウキは完全に呼吸を整えてからクラブのドアを開けた。途端に大音量の音楽と人々のざわめきが耳を刺す。


ベイサイド・クラブ。それがこの町で一番大きなこのクラブの名前だ。
ロフト形式のクラブで、1階が入り口、ロフトとなり、入り口をくぐりロフトに立つと地下が一望できるようになっている。そこは広いダンスフロアで、DJブースやバーカウンターなどがある。


田中はロフトの手すりに掴まりながらフロアを見回した。見知った仲間がいるか、・・・『BLUE』の連中がいないか。
どうやら今日は『BLUE』はいないようだ。
「・・・・・・お、」
壁沿いに並ぶソファに、中丸ユウイチと田口ジュンノスケの姿を見つけた。
田口の周りにはいつも女が3,4人集まっている。田口は真剣な話のときには彼女らに席をはずさせるが、そうでもないときは基本的に放置。中丸はそれらを一切無視して田口と話をしているように見えるが、実は心中が落ち着かない状況であると田中は知っている。少し同情。
その一角から視線をはがすとふと視界に入る、もうひとりのメンバー。



バーカウンターに座る、亀梨カズヤ。



田中は片目を細めた。ついさっき見かけた彼女の姿が脳裏に甦る。迷っているのだ。亀梨にこのことを伝えるべきか、否か。
1年前に『彼女』が姿を消した日から、口では忘れたと言いながらも亀梨が彼女をこの町のどこかに探していることを、知っている。それほど亀梨が彼女を思っているのだと、知っているからこそ。
『彼女』が帰ってきたのだと、この町のどこかにいるのだと伝えたら。
亀梨はどんな反応をするだろう。
探し回るのだろうか。このクラブを飛び出して、町中を走り回って、彼女を見つけるのだろうか。
それとも、もう済んだ話だと切り捨てて、亀梨はいつものようにこう言うのだろうか。「なぁ、この話もうやめよう」。この亀梨の口癖は、だけど彼女がいなくなってから生まれたものだと、本人は気付いているのだろうか。



「コウキ」



思考を遮断するように突然真後ろから掛けられた声に、驚いて振り返る。そこに立っていたのは上田タツヤだった。
「遅いから今日来ないと思ってたよ」
「上田は?今来たとこ?」
「ちょっと電話してきただけ。地下だから電波全然ねーし」
そう答えて手に持っていた携帯電話をポケットに滑り込ませ、上田は田中の隣で先ほどまで田中がしていたように手すりに手を置いた。
「・・・なぁ上田、」
「なんだよ」
くるりと身体を半回転させて、上田は田中と向き合った。
上田はREDの最年長者だ。その性格はどう贔屓目に見てもまとめ役ではないけれど、一番芯がありしっかりしているのは、やはり上田だと田中は思う。
だから、亀梨より先に上田に言ってみよう。彼は何と答えるだろう。亀梨に伝える事を是としてくれるだろうか。



「・・・・・・カホリが、いたんだ」



上田は一瞬目を見開いてから、小さく頭を振って田中を睨みつける。
「・・・ふざけんな。笑えねぇよその冗談」
「冗談じゃねぇしウソでもねぇよ。ここ来る前に見かけたんだ、でもあいつ、なんでかわかんねーけど急に逃げて、」
「じゃあ人違いだよ」
「あれはカホリだった」
「そんなはずねぇよ!」
上田はらしくもなく声を荒げたが、大音量のクラブミュージックのおかげか誰も振り返ったりはしない。
声のトーンを落とし、田中の胸倉を掴んだ。



「・・・カホリがこの町に帰ってくるわけねぇだろ」



その言い方は、まるで、そう望んでいるかのような。
上田は彼女に、帰ってこないでほしいと思っている?



「お前だって忘れたわけじゃないだろ?カホリが、この町からいなくなる前どんな状態だったか」



泣き声。涙。痩せてしまった顔。どんどんと失せていく表情。
上田の言葉によって田中の脳裏に甦る、彼女にまつわるそれらの記憶。



それを考えれば、帰ってくるわけがないという上田の言葉はその通りで。
彼女は傷ついて傷ついてこの町から姿を消した。その行動は逃亡とも言えるが、それを責める人間はいなかった。それほどに悲愴な有様になっていた彼女。
それなのに1年経った今になって、もしくはたったの1年で。そのどちらにせよ、戻ってくるなど、考えにくい。
それは、そうなんだけど。



「でも、あれはカホリだったんだよ・・・」



上田は、力なくそう言う田中の服から手を離す。小さく謝った声はおそらく田中に届いてはいないだろうけど。
きっと田中の勘違いだ。今は夜で視界も悪いし、シルエットが似ている女なんてこのクラブにだって何人もいる。そう上田は思考する。
だけど。



・・・『だけど』?





「・・・これさ、カズヤに言ったら、だめかな?」
「やめたほうがいい。・・・伝えない方が、いい」
田中の問いに間髪入れずに上田は答えた。だけど田中は納得していない様子で眉を下げる。
「なんでだよ。だってカズヤ、ずっとカホリのこと待ってたんだぜ?ようやく会えるかもしんねぇのに、」
「会えないかもしれないだろ」
「え?」
「たとえ、その女がマジでカホリだったとしても、だ。お前から逃げたんだろ?それって、お前や・・・カズヤと会いたくないから逃げたんじゃないの?」
どうやら田中はその女をカホリだと完全に信じ込んでしまっているようだ。
カホリだったらぜひとも亀梨に会わせたいという田中の気持ちは、上田にだってわかる。彼女が姿を消して傷ついた亀梨の様子を、一番近くで見てきたのは同じチームである自分たちなのだから。
だけど、もし彼女がカホリではなかったら?100歩譲ってカホリだったとしても、亀梨に会うことを拒絶したら?その女が田中を見て逃げ出したという以上、その可能性だって十分すぎるほどにあるのだ。
「ぬか喜びさせて、もっかい落とすみたいなことになったらどうすんだよ」
田中はようやくそのリスクに気付いたらしく、俯いた。
「本人かどうかはっきりしてねぇのに、あいつ混乱さすようなこと言うな。明日もステージあんのに、集中できずに失敗したらシャレになんねーよ・・・・・・」
フロアにまた視線を下ろすと、今度は亀梨と目が合った。いつの間にか中丸もその傍らにいる。
もしかしたら亀梨は少し前から田中と上田に気付いていたのかもしれない。そう思い一瞬ヒヤリとしたが、このクラブミュージックと喧騒の中で二人の会話が亀梨に届くはずもないのだからと思いなおし、田中は二人に軽く手を挙げてみせた。
「コウキ、行くぞ」
上田の言葉に頷いて、一緒にロフトからフロアへと続く階段を降りていく。




たぶん、笑えた。







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