亀梨カズヤはバーカウンターのスツールを回転させながらぐるりとあたりを見渡した。
気付かないうちに人が増えている。異様なほどの熱気。だけどこんな空気は嫌いじゃない。ウサ晴らしのように汗を飛ばしながら踊っている人々、嫌な事や面倒な事を忘れようと必死になって笑っているかのような人々。その同じ空間にいれば、自分も忘れられるような気がする。嫌な事、面倒な事、思い出したくない事、見たくない未来の事、そんな全てを。
ロフトで上田と田中が話しているのが見えた。「コウキ来たんだ・・・」呟いた声はこの大音量のクラブミュージックと人々の嬌声のせいで誰にも届く事はない。


「スイマセェーンお隣いいですかぁー?」


亀梨はその声をたどって視線をあげて、すぐにそらした。女のような甘ったるさを意識したのだろうか、だが失敗してまるで変声機を通した作り声のようになったそれ、それを発したのは女でもなんでもない。いや、わかってたけど。
「ゴメンそこ予約席だから」
「いや予約席の意味がわからない。ないからこのクラブそういうの」
中丸ユウイチは変な声を出したせいで気持ち悪くなった喉をさすって咳払いをしてから、亀梨の隣のスツールに腰掛けた。
「あ、スイマセンそこ工事中なんで座ったら危ないよ」
「工事!?なんの!?」
「温泉出ちゃうから温泉」
「出ねぇよ!!」
そう叫びながらも中丸はスツールの下を覗き込む。本当にノリのいい奴。そう思いながら亀梨はようやく笑った。
「・・・つか何?田口は?」
「あっち」
中丸が指さした方向を向くと、田口ジュンノスケは馴染みの女とソファに座りながら顔を寄せ合って話し込んでいた。もう2,3人いたはずの女たちはどこかへ行ってしまったようだ。
「な?俺いられねーじゃん?」
「・・・・・・外でやれって言ってこいよ誰か」
「今更だよ・・・つかコウキまだ来ねーのかよ」
「来てんよ。あそこで上田と喋ってる」
中丸に指し示しながらロフトにいる二人をもう一度見上げると、今度は田中と上田も亀梨たちに気付いたらしく、挨拶代わりに軽く手を挙げてから階段を降りてバーカウンターのほうへと歩いてきた。
「・・・・・・よぉカズヤ! と、中丸も」
「俺はついでか。まいいや何飲むー?」
「つか混みすぎでしょコレ」
相変わらず足並みの揃わないメンバーたち。けどだからこそお互いに居心地がいいというのもある。結局のところ相性はいいのだ。
ふと気になって、亀梨は正面に立つ田中に尋ねた。
「さっきあっちで何話してたの?」
「いや、えー、あのー・・・」
「なんだよ」
上田は溜め息交じりに露骨に動揺した田中を見る。


「伝えないほうがいい」と言いはしたものの、田中は実直な男だ。このまま亀梨に問い詰められたら正直に先程までの自分との会話を吐露してしまうだろう。
上田自身が目撃したわけではないからなんとも言えないが、田中が見たという女とカホリは十中八九、別人だと上田は結論付けている。カホリがこの町に戻ってくるとは、やはり思えない。
それに、カホリは亀梨にとって・・・なんというか、ウィークポイントのようなものだ。あの日以来、一日たりとも亀梨が彼女を忘れることがなかったことは、このチームのメンバーみんなが知っている。似ている女が現れたというだけでも、亀梨の気持ちは揺さぶられてしまうだろう。それは避けたい。チームの認知度も上がってこれからというときに、事故やミスなどあってはならないのだ。


「それが、・・・あのなカズヤ」
「ステージのことだよ」
だから、わざわざ亀梨に伝える必要はない。・・・伝えない方が、いい。上田は田中の言葉を遮って言った。
「最近人件費もかさんできてるから、もうちょい少ないスタッフでやれないか・・・とかね。いろいろ」
「・・・・・・そうなの?コウキ」
亀梨の視線から逃れるように下を向いたまま、田中は頷いた。


亀梨たちは『RED』としてショービジネスの世界に身を投じている。とはいえ元々彼らは各々のパフォーマンスをあらゆる人々に見せたいという一心だったので、ビジネスに関してそこまで固執しているわけではなかった。
賞賛を浴びるのは気分がいいけれど、そのせいでいろいろな物に縛られてしまうのは耐えられない。やりたいことをやっているだけ。それだけで毎日が楽しくて幸せなら、それ以上のことはないだろうと思っていた。
だが、いつまでも同じクオリティの物を見せていてもいずれ飽きられるだろう。だからクオリティを上げる。クオリティを上げたらもっと広くて勝手のいい会場が必要になり、会場が広ければ人手もより多く必要となる。そうするとやはり、金が必要になる。稼ぐためには観客が必要だから、それを掴む為にもっとクオリティを上げなければならない。そのループにいつのまにか気付かされていた。
だからこそ上田の言い訳は、今この状況では嘘であれ、チームにとっては嘘ではないのだ。


「・・・・・・なんかさー、気づかないうちに大人の世界入っちゃった感じじゃねー・・・?」



中丸が呟く。
自分たちにはいつまでも関係ないと思っていたことが、こんなに次々と自分たちの問題として覆い被さってくる。
パフォーマンスは楽しい。人々の喜ぶ顔は輝いている。それを見るのは、嬉しい。
だけど、これでいいのか、と時折誰かが囁いてくる気がする。
「・・・いっそほんとに温泉でも出たら儲かんのかなー・・・」
「・・・ばーか」



どうにかしなくては、と思う。
だけど、なんとなく・・・どうにかなるか、とも思っていて。



そんな理由はないけれど、時間が解決してくれるんじゃないかとも思っていた。
こうして流れていけば、どこかには辿り着くだろうし。それはきっと、悪い場所ではない。
根拠もなく、ただなんとなく・・・本当になんとなく、そう思っている。
「カーズヤっ」
飲みかけの酒が入ったグラスを手に、軽快な足取りで田口が現れた。
「あれ?田口じゃん」
「お前あの女は?」
首を仰け反らせて先ほどまで田口と女がいたソファを見遣ると、女は荒い足取りでそのブースを出るところだった。
「今日は彼氏んとこ帰るんだって」
「え、あの子彼氏いんの?」
「でもー、そのわりになんか怒って・・・」
「知んない。いるんじゃん?『今日どうするー?』みたいに言うから『彼氏んとこ帰れば?』って俺が言ったら『わかった』って言ってたしー」
それは何かが違うような気がする。
「・・・・・・いや、たぐ ち、くん?」
「お前さー・・・ひでぇな」
「お前ひでぇな」
「え?なんで?」
亀梨と中丸の非難に首を傾げてからまぁいいや、とヘラっと笑うと、田口はグラスをカウンターに置いた。
「マスター、ジンウォッカ!」
「それまだ入ってんじゃん」
「飽きちゃった。もともとラムってあんま好きじゃないしね」
「・・・じゃあ頼むなよ」
「たまには飲みたくなるの!ま、一口でもいいんだけどね。味見、みたいな?」
「・・・・・・」
そういう男なのだ。わかっていたことだろう。4人は顔を見合わせて、頷いた。
田口はまた、首をかしげた。

















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