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「・・・・・・ええの?」 丸山が問うた。村上に、大倉に、自分自身に、問うた。 「あの子スバルに会わせてまって、ええの?」 誰も答えない。誰も、わからない。 葛藤した挙句にと約束した村上。それを黙って見ていた、大倉と丸山。確かに、二人は村上に判断をゆだねた。だからこそ黙って見ていたわけだし、そもそも今更とやかく言ってももう遅いのだ。 だけど、問わずにはいられない。 は出て行った。「ありがとう」と頭を下げて、ドアを少し空けて自分を追っていた田中の姿がないことを確認してから夜の町へ再び出て行った。そして、明日また来る。渋谷の所在を求めて。そして二人は、出会う。 に嘘をつくという選択もある。居場所がわからなかったとか、都合が悪いとか、渋谷が体調を崩したとか、いくらでも言い訳は立つのだ。だけどきっと村上はそうしない。彼は、そんな嘘はつけない。だから、明日と渋谷は出会うだろう。 「・・・あの子は、カホリに似すぎとる」 所在無さげに立ち尽くしたまま丸山が呟いた。 「けどあの子はカホリやない」 ソファに腰を下ろした村上が答える。眉間に皺を寄せて、「・・・カホリやない」と床を見つめながらもう一度繰り返す。 「そんなんは俺かてわかっとる、だけどカホリやないからこその問題なんちゃうん?」 「でもあいつ、めっちゃ真剣やで。俺らが教えかったら他の誰に聞いてでもスバルの居場所見つけるやろ」 『誰に聞いてでも』。 それは、『RED』に聞いてでも、という言葉と同義だ。 「・・・・・・あいつらに聞かれたら、ってこと?」 「もう田中には姿を見られとる。あいつは間違いなくのことをカホリやと思ったやろな。俺らだって勘違いしたくらいや、それはもう間違いない。俺らはと会話したから別人やってわかった、だけどあいつは会話もしてない。がやっちゅーことを、知らんねん」 つまり、「カホリがこの町に戻ってきた」というだけの情報を持ったまま、田中は『RED』の面々と共にいるということだ。果たして田中がメンバーにそれを喋ったかどうかわからないとしても。 1年前の記憶が、3人の脳裏に同時に蘇った。 二人の男が一人の女を愛したというだけのよくある話、しかしそのせいで起きた、悲劇。 混乱、混濁、流血、損失。 1年前の、あの日。 忘れたい、忘れられない出来事。 二度と、繰り返したくない。 だが、『渋谷とイズミを会わせる』というのは、しかしそれを回避するための手段でもあるのだ。 は用が済んだらすぐにでもこの町を出ると言っていた。ならばさっさと渋谷に会わせて、他の余計な人間に出会ってしまわないうちにこの町を離れさせさえすれば。 そうすれば、すべて終わる。丸く収まるとは言えないし思えないけれど。 丸山は村上の座るソファの正面に立って、力なく村上を見つめた。 理解は、できる。村上の言うことは正しくて、それがきっと最善だということはわかる。だけど、理解と納得は違う。 「・・・ならスバルは?どっちにしてもスバルはあの子と会うことには変わらんねやろ?あの子に会ったスバルが・・・」 と出会った渋谷がどんな行動に出るか、どんな言葉を口にするか、・・・・・・どう、なるか。 わからない。予想ができない。想像がつかない。・・・それが、怖くて。だけど自分の敬愛する人物に恐怖という感情を抱いてしまう自分が情けなくて、思わず口をつぐんだ。 その丸山の言葉も口にしなかった感情もすべて理解して・・・村上は頷いた。 「そやな、だけどそれはスバルを、・・・俺らが尊敬してるあいつを、信じるしかないやろ」 動き出してしまった歯車を、転がり始めた石を、止めることなどできないのだから。 だったら歯車が回り終えるのを、石が自然に止まるのを・・・見守るしかない。 この場合の主役は渋谷でありであり、村上たちは脇役でしかないのだ。 「・・・結局、成り行きってことになるんやな」 黙って二人の会話を聞いていた大倉が、結論付けるようにそう言った。 皮肉気に吐き捨てられたその言葉に、しかし村上は腹を立てたりはしない。実際そのとおりなのだから。 ここで今どんな議論をどんなにしていても、生きている人間を、しかも確固たる目的がある人間を繋ぎとめておくことなどできない。まだ、何も起きてはいないのだ。何かが起きてからでは遅いとよく聞くが、逆説、何かが起きなければ対応もしようがない。 だけど、それが起きたらどうするかは、すでに決まっている。いつだって決まりきっている。 「それでも俺らが一番優先すんのは、スバルやから」 たとえその逆が成り立たなくても。 渋谷の最優先するものが、自分たちでなかったとしても。 村上たちは、渋谷を最優先する。それだけは変わらない。・・・変わっては、いけない。 あえて村上が口にするまでもなく、大倉も丸山もそれはわかっていたし、同じ気持ちを持っていた。だからもう何を言っても無駄で、無為。 明日を待つしか、ない。 そうやって、生きてきたのだ。それを選んで、生き始めたのだから。 だって、それをなくしたら、 全部を失ってしまうのと、同じだから。 肌寒い。 は白いライダースジャケットのポケットに手を突っ込んだ。カサリ、触れる紙の感触。 「・・・・・・」 これを、明日渋谷スバルに渡せば、終わり。終わる。終わる事が、できる。そうしたらまた・・・始めよう。違う町で、新しい生活を。どんなものでもいい。なんだっていい。なんだって、できるのだから。 「・・・・・・」 何もしたことは、ないけれど。 薄暗い、人通りの少ない狭い道をは歩いていた。 一本隣には広くて人通りも車通りも多い道がある。しかしそこは、夜道という観点では安全かもしれないが、にはそれなりのリスクも存在する。 まずは、自分をさっきまで追ってきていた坊主頭の男。彼に出会ったら、また追いかけられるだろう。それは避けたい。疲れたし。 そして、『カホリ』。 を助けた3人の男たち・・・部屋を出る間際に、村上、大倉、丸山と名乗っていた彼らが口にしていた、その名前。 もちろんはそんな人物は知らない。忘れているとかいう話ではなく、本当に知らない。 しかし、は『カホリ』と呼ばれた。 村上たちの様子から察するに、はカホリに非常によく似ている、らしい。 そしてその反応や口上から推察できるのは、カホリは村上たちとごく近しい立場にいた人物であり、おそらく今、この町にはいないということ。 そして。 『スバルがどんな思いでお前のこと探したか』 そう言っていたのは、丸山だったか。とにかく、どうやらカホリは渋谷とも関わりがあるようだ。それも、・・・これは勘だけど・・・結構深い関わりが。 さらに考えを進めれば、さっき追いかけてきた坊主頭の男。彼もをカホリだと思い込んでいる可能性が出てくる。というか、その可能性は非常に高い。さっきは、なんで追いかけてくるんだよなんて走りながら呟いたが、その理由には十分かなうだろう。 となれば。 カホリが追いかけられるような立場の人間である、と仮定すれば。 人通りの多い道は非常に危険なのだ。また誰かがのことをカホリと勘違いするかもしれない。もしその場を切り抜けられたとしても、それがまた目撃情報として坊主頭の男、もしくは彼と同様にカホリを探している人物(いるとすれば、だが)の耳にでも入れば、結局は面倒くさいことになる。やっぱり、それは避けたい。 以上の点を踏まえて、は今、薄暗い、人通りの少ない道を歩いていた。 さて、どこへ行こうか。 もともと渋谷に会うことだけが目的だったから、目的地は『渋谷のいる場所』。しかし村上が約束どおりに明日渋谷とを会わせてくれるのなら、その目的地にはもう到達したようなものだ。予定と予想より早くにそこに到達できたのは喜ばしいことなのだが、だからこそ、今行き場がない。 人通りの多い道を避けている以上、時間を潰せそうな店はあまり見つからないし、そもそもは酒が飲めないのでやたらと多く見受けられるバーやクラブには入る意味がない。ならばどこか宿泊施設にでも入ればいいのだが、 「・・・・・・ラブホしかねぇ」 『HOTEL』などと書かれた看板は、例外なくキラキラとピンク色のネオンに飾り立てられている。完全に二人向けのそこに入るのは、19歳の女としては躊躇われる。 しかしこのままでは立ち往生だ。 とにかくは足を進めるのだが、人間、あれこれと考えながら歩くのは危険である。 足元にある障害物に気付かず転んだり、行き止まりに気付かず壁にぶち当たったり、 ・・・後ろからそっと近づく人影に、気付かなかったり、するので。 口を、手で塞がれた。 「・・・・・・!!」 男の手。顔を固定されては後ろを振り返ることもできない。しかし村上たちならばの名を呼ぶだろうし、坊主頭の男ならまた大声を出すだろう。だからそうではない。 それならば、知り合いなんてほとんどいないこの町で今自分の口を塞ぐ男は、・・・まぁ悪者という方向でいいだろう。 そう結論付けて、はすっと目を細めた。 勢いよく、容赦なく、遠慮なく。 悪者の股間に向かって足を蹴り上げろ! その名も『金的』。 がかつて教わったことのある、たったひとつの護身術であった。 |