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男たちは赤西ジン、錦戸リョウと名乗った。 時たま隣の大通りからクラクションの聞こえる、薄暗い路地の一角から移動もせずに、と赤西と錦戸はいる。 そこから離れ、少しだけ、時間はさかのぼって。 が村上達の家を出て赤西たちと出会うまでの、たった20分弱の時間。 その隙間のような時間に、本当に偶然、を見つけた男がいた。 男は彼女の姿を見て驚きに息を飲んだ。 しかし彼はに声をかけることも追うこともせずに・・・携帯電話を取り出した。 それで電話をかけた、わけでもない。 カシャ、とカメラのシャッター音を模したような音。 その音に気付くことのなかったの背中を、男は見送る。 その3分後くらいには赤西たちと出会うのだが、男はそれを見届ける事もなく、闇の中に姿を消した。 「・・・なるほど、ね」 の話をひと通り聞き終えて、赤西はそんな風に呟いた。 「しかし似てんな・・・双子じゃねーの?生き別れの姉ちゃんがいるとかない?」 の顔を見つめながら、あながち冗談でもないような口調で言う。しかしは苦笑しながら首を横に振るしかできない。 「・・・でもさ、お前何しに来たん?さっきの話やと、10年前にこの町出たんやろ?」 錦戸は尋ねる。 はたしかにそう言った。10年前にはたしかにこの町にいたけれど、そのとき町を出てからは一度だってこの町を再び訪れたりはしていない。だから自分はカホリという人物ではないし、そもそもそんな人物は知らないと。それで錦戸も赤西も納得したのだから。そして、納得すれば、次の疑問が出てくる。何故、こんな暴力と音楽しかないこの町に再び舞い戻ってきたりしたのか。 「ここは戻ってくるような町やない。なのに、なんで?」 「・・・・・・」 その質問にはどう答えたものか少し考える。 渋谷を探すという目的はすでに達成している以上、今それを言ったところで特に意味はない。だが、の回答を待つ二人にそれをあえて隠しても、それもまた意味はないのか。ならば言ってしまって問題はないだろう。そもそも問題のある理由でもない。人探しならば、正当な理由と言っても差し支えはないだろう。と思考を固めて。 「渋谷スバルに、会いに来たの」 しかしその言葉に、錦戸は軽く目を見開き、赤西は目を細めた。 まただ。また、この反応。が渋谷を探しに来たと言えば、こんな空気になる。 まるでが渋谷の名を出す事は、彼らの痛みに繋がっているかのような。 「・・・へぇー・・・スバルにね。何のために?」 何のために。 もちろん、ファンでもあるまいし、会えばそれで満足、というわけではない。が渋谷に会いに来たのには目的も理由もある。 だけど、それは、渋谷本人に直接伝えたい事で。 できることなら、それまでは口にしたくはない。 「・・・答えなくちゃ、いけない?」 紙切れ一枚が入っただけのポケットが、ずしり、重みを増したような気がした。 そして、赤西とが見つめ合う、5秒間。 「いや、・・・いい」 沈黙を破ったのは赤西だった。「それでいい」と呟くように言う。 理由を聞く。目的を聞き出す。それはつまり、「踏み込む」という行為だ。踏み込みは、深入りに繋がる。 だから、赤西はそんなことはしない。 誰にも深入りせず、深入りさせず、そうやって生きていこうとあの日心に決めたのだ。 深入りすれば傷ついて、深入りさせれば傷つける。 それを知った、あの最悪な日から。 錦戸はそんな赤西の様子を眺めながら、声を立てずに、表情にも出さずに・・・笑った。 「・・・そういえば、どうして口を塞いだりしたの?しかも後ろから」 は話をすりかえるように切り替えた。 赤西がそれでいいと言った以上、この話を続ける理由もないし、それに安心したのも事実。 結局は、だって踏み込まれるのは嫌なのだ。 深入りなんて一度もされたことはないし、深入りをしたこともたった一度しかない。そしてその一度こそが、今がこの町にいる理由だ。例外はない。 だからこそ、踏み込まれたら、どうしたらいいのかわからない。 踏み込まれたことなど、自分の領域を侵されたことなどないから。拒否の仕方がわからない。拒否できるのかどうかも、わからない。だから、踏み込まれたくない。 赤西はその質問に先程の痛みを思い出したのか顔を顰めた。 「あぁ、あれ?アレはなんつーか・・・俺はお前をカホリだと思った。で、お前がカホリだとしたら、・・・あんまり見つかってほしくない連中がいんだよ、この町には」 だからこそ、名前を呼ぶこともしなかった。 に声を出させたくなかった。 誰が聞いているか、わからないから。 その結果、あんなカタチで赤西はに接触したのだ。 なるほど、条件は満たしている。 残念だったのは、がカホリではなかったことと、予想外の反撃(しかも致命傷)に遭ったこと、そして。 「見つかりたくない連中・・・・・・たぶんだけど・・・その中の何人かに、もう会ってるかも」 「・・・は?」 「最初に坊主頭の男。・・・それと、それから助けてくれた村上、大倉、丸山っていう人たち。この3人はあたしのことをカホリさんと間違えてた。ちゃんと訂正はしたけど」 見つかりたくない連中、といわれるリストに彼らの名が連なっていたとしたら、赤西にはまことに申し訳ないのだが・・・ 「せやったら蹴られ損やんかお前」 錦戸がむしろ楽しそうに言った。・・・まぁつまり、そういうことで。 「うーわ・・・」 赤西は瞠目して天を仰いだ。 「ついてんだかついてねぇんだか・・・・・・も、いいや。コソコソする必要はなくなったってことだろ」 しかしすぐに開き直ったように赤西はそう言って、錦戸は今度は少しだけ声をあげて笑った。 「せやな。結局こいつ・・・やったっけ?はスバルに会いにきとんねやから、遅かれ早かれ出会っとったやろ、どっちにもな」 どっちにも・・・『RED』にも『BLUE』にも、という意味合いだ。もちろんはそんなこと、そんなチーム分けがされていることすらも、知らないのだが。 「・・・で、結局はスバルがどこにいるかとか、わかってんの?」 「あぁ、うん。わかってるわけじゃないけど、明日になればわかる。村上っていう人が明日教えてくれるって言ってたから」 「そんならええやん、前途に問題はないってことや。・・・とりあえず俺らから忠告できることって言うたら、それまではあんま人に見つからんようにしとけってことぐらいや」 「・・・どうして?」 見つかってほしくない連中がいるだとか、あまり見つからないようにしておけだとか。さっきから彼らの言う台詞はどうも穏やかではない。 その理由は、がカホリという人物に似ているからだろうということまではわかる。だが、では何故カホリは見つかってはならないのだろうか。何か犯罪を犯して逃亡している最中だとか?だとしたら坊主頭の男があれだけ必死に追いかけてきたこともまぁ納得できないことはない。被害者だったとか。 だが、丸山は言っていた。 『スバルがどんな思いでお前のこと探したか』 ずっと引っかかっている、この台詞。渋谷が、カホリを探している。いや、探していた、か。 だとしたら、 カホリはこの町から逃げたのではなく、渋谷から逃げた、のか? それは何故? いや、そもそも。 ずっとだ。ずっと、この町に入った瞬間からにつきまとう、彼女の影。 関係ないのだから関係しないようにと、それを気にかけたら踏み込むことになるのではないかと、そう思って意図的に受け流していたカホリという存在。 だけどいい加減、それにも無理が生じてきた。 だって、この町に来てから数時間、彼女の名前なしには誰とも関わっていない。 「カホリさんって・・・誰?」 ⇒NEXT |