「知りたいん?」



の問いに答えるわけでもなく、錦戸が言う。
「別にカホリが誰かなんて知らんでも、明日になればスバルには会えるで」
「・・・・・・」
それは、その通り。だけど。
「知ったら戻れなくなるかもよ」
今度は赤西。
「知っちまったらさ、知らん振りなんて・・・させねぇし、できねぇし」
「・・・あたしを何かに巻き込むつもりなの?」
「俺らにはそんなつもりはない。ただ、巻き込まれてるときって、気付かんもんやで」
「もしかしたら、お前がこの町に来た時点でなんかが始まってんのかもしんねぇしな」
不穏な言葉。知ったような事を言う二人。巻き込まれるって、何に?まさかそんな、運命論のようなものを語りだすようには見えない二人なのに・・・いや、人を見た目で判断してはいけないというのは、わかるけれど。
「・・・何が?」
だからは素直にそう尋ねる。



赤西と錦戸は顔を見合わせ、二人で同時に肩をすくめた。



「そんなん知るか」
「俺かて知らんわ」



「・・・・・・」



ちょっとイラっとした。










本当なら、関わりたくない。何かもわからない流れのようなものが起きているとしても、それに巻き込まれるなんてまっぴらだ。
なのに・・・



「・・・・・・それでも、知りたいな」



なのに、気になる。知りたい。カホリのことを、きちんと知っておきたいのだ。それがどうしてなのかなんてわからない。それを知ることによって、巻き込まれるかもしれないというのに・・・知っておかなければならないと、誰かが告げているかのようで。



巻き込まれたくなんて、ない。それは、本当に本音。



ただ。



が『彼ら』を・・・・・・追いかけてきた彼を、それから助けてくれた彼らを、突然現れていきなりこんな会話をしている彼らを、名前しか知らない彼を、名前すら知らない彼らを、



『巻き込んでいる』のだとしたら。







巻き込まれているのが、『彼ら』だとしたら。







全ては、覆る。変化する。無効化する。



物語は、もう始まっているのだ。主人公の位置に、を据え置いて。



それに、誰も気付いていない。錦戸も赤西も、だって。













「とりあえずー・・・寒いからさ、どっか入んね?」



赤西の提案で三人は錦戸の家へと向かって歩くことにした。何故錦戸の家なのか?人目を避けたい身分のを連れてはクラブや飲み屋は危険。そして赤西の家は「正直今、床が見えない」との自己申告により却下。以上の消去法で錦戸の家へ向かうことが決まったのだ。
三人が今まで立ち話をしていた場所は錦戸の家のごく近所だった。そもそも赤西と錦戸の二人は、少し戻った場所にある交差点で待ち合わせて遊びに出る予定だったらしい。だから図らずも前後で挟むような形でと出会った、というわけ。
ついてんだかついてないんだか・・・。
は先程の赤西の台詞を借りて心の中で呟いた。



錦戸が住むのは古びたアパートの2階だった。ガチャリ、鍵を回して鉄製のドアを開けるとさびついたような音がする。
「言うても俺の部屋かてそんな綺麗ちゃうからな」
断るようにそう言って、錦戸は壁のスイッチを押す。部屋の照明がともった。
「・・・・・・うん、そうなんだね」
はとりあえずそんな肯定でも否定でもない態度で頷く。
「これだいぶマシな方ね今日。昨日片付けたんだから俺が」
「昨日片付けて今日これって・・・どんな生活してるの」
クローゼットは開けっ放しでその中は引っ掻き回され、洗濯物と思しき衣類やタオルの小さな山が何故かソファの上に出来上がっている。積み上げられた雑誌は雪崩のように崩れた形で床に広がり、CDケースがテーブルの上に散乱していた。
そりゃ、床は見えてるけど。
の視線に錦戸は眉間に皺を寄せた。
「ちゃうねんて・・・コイツが片付けたら、物がどこにあんのか俺にはわからんようになるやん。せやから見つからんもん探しとったらこんぐらいなるわ。普通や普通」
「あたし普通は自分の部屋は自分で片付けるんだと思ってたよ・・・」
「赤西がやりたがんねや」
「だってリョウほっといたらマジでやんねぇから掃除とか」
「よその部屋の前に自分の部屋の床を見つけなよ」
「だってそれはまぁー・・・いつでもできんじゃん」
やらなかった結果が床の遭難だろうが。とは言わない。赤西の家の床が遭難しようとには関係のないことだ。
「ま、座るスペースくらいあるわ。座れ適当に」
言いながら錦戸はソファ上の衣類の山をばさっと床に落とす。そこに座れという意味なのだろうが、衣類に隠されまた面積を狭めてしまった床の方が少し気になるのはが神経質すぎるのだろうか。そうなのかもしれない。深くは気にしない。そのほうがいい。そう結論付けて、は黒いソファの端に腰掛けた。その反対の端に赤西が座り、錦戸は小さなキッチンに向かっている。コーヒーでも淹れてくれるらしかった。
「薄いコーヒーと濃いコーヒーと普通のコーヒー、どれがええ?」
間違いなくインスタントコーヒーだけど。
「俺濃いのー」と赤西は返事をし、お前は?とを見遣る。
「・・・普通ので」
「・・・リョウ、普通のだってー」
返事はなかったが、赤西は気にした風もないから、きっといつもこんなやりとりをしているのだろう。無言はなにより雄弁な肯定の証、とよく言うが、無言が承諾の証まで担うとは新発見だ。
程なく、器用に三つのカップを持った錦戸がリビングに現れた。赤西がソファの前にあるローテーブルの上に散乱しているCDケースをガシャガシャと端に寄せ集めて卓上にスペースを作ると、そこに三つのカップが置かれた。それから錦戸は二人から少し離れた斜め前にあるベッドに腰掛ける。


「・・・さて、落ち着いたところで」
赤西は長い足を組んだ。



「まずはこの町について。・・・ま、が聞きたいのはカホリのことなんだろーけどさ、話をわかりやすくする順序ってのはあんだろ。知っといて損はねぇからとりあえず聞け」



は頷いて、自分のカップをとりコーヒーを口に運んだ。・・・普通の味。
「この町は今、二つのチームに分かれてる。チームの名前は『RED』と『BLUE』。・・・お前が最初に追っかけられた坊主頭ってさ、赤い服着てなかった?」
「・・・・・・」
記憶を辿る。こう見えて、の特技は記憶と暗記だ。
あの時・・・あの男は元々誰かと揉めていて、その姿をはちらりとだけ見て・・・
「・・・着てた。赤いジャージ」
「じゃあ間違いねぇわ。そいつは田中っていう、『RED』のメンバー。・・・わりとトップに近いかなー」
カチっというライターの点火音と同時に広がる煙草の香り。煙草を一息吸い込んでから、赤西ははたと気付いたように「平気?」とに尋ねた。は「気にしない」と応える。
「・・・で、お前が会った村上と大倉と丸山ってのは『BLUE』の一員。こっちも『BLUE』の幹部っつーか、まぁそういうポジション。さて、彼らに関して何か気付いたことはありましゅか?」
村上、大倉、丸山に関して、つまりは彼らの共通点。5分程度しかあの部屋にはいなかったけれど、脳裏で印象に残っていたのは、彼らの身につけていた、
「・・・青い、服」
「よろし」



「わかりやすいやろ?チームカラーってのがあるとさ、それだけで区別できんねんで。こいつはそうや、こいつは違う。こいつは敵や、こいつは味方や、ってな。単純、明快」



皮肉めいた口調で口を挟んだ錦戸がを見つめ、「お前どー思う?そーゆーんって」と尋ねた。赤西も横目での様子を伺っているのがわかる。・・・なんだか、試されているような気分だ。



「・・・・・・意味わかんない。目をつぶれば、光がなければ区別がつかないってことでしょ?」
そんな、目に見えなければ確認できない繋がりなんて、それで屯して安心する、そんな集合体なんて。
「そんなの、ただの無駄だと思うけど・・・」
それが、の率直な感想だった。
実際赤西と錦戸が赤色か青色か、どちらかを身につけていたらこんなことは口に出しては言いはしないけれど。



その答えに二人は声をあげて笑い、赤西は「それ正解」と頷いた。どうやらお気に召した回答だったようで、ちょっと安心。



「そーなんだよ無駄なんだよ。そんなチームは、無駄。ただの烏合の衆。その通りなんだよな」
赤西は灰皿の上に煙草の灰を落としながら、「・・・でもなー、」と呟く。
「最初は違ったんだぜ?さっき言った田中とか村上とか、そういうトップの奴らは、少なくとも無駄な集合体なんかじゃなかった」
「・・・というと?」
「目的があって結成されたチームやねん、もともとは二つともな」
答えたのは錦戸。彼はどうやら赤西の話に補足説明をするというポジションに立つことに決めているようで、それだけ言うと赤西に説明の続きを目で促す。
赤西が小さく頷いて、また話し出した。



「『RED』ってのは、パフォーマンスチームだ。まぁ幅の広いサーカスみたいな感じだと思えばいい。そういう、人に魅せるようなことがしたいって奴らが集まって組んだチームで、最初は六人だけだった。亀梨カズヤ、田口ジュンノスケ、上田タツヤ、中丸ユウイチ、それとさっき言った、田中コウキ。で、もう一人は・・・・・・もう脱退してるから、まぁ置いといて・・・」



「へぇ、『あいつ』完全に脱退しとったんか」



錦戸がニヤニヤと笑いながらまるで揶揄するかのような口調でそう言うのを黙殺して、そしてそのやりとりにが違和感を覚える暇も与えずに、赤西は続ける。



「『BLUE』は、厳密に言えばもともとはチームじゃない」



チームではない?
人々が集まって行動する集合体、だけどチームじゃない。それは、どんな内部構築で形成されているのだろう。そう思いが首を傾げると、その仕草が可笑しかったのか赤西は少し表情を緩ませた。



「お前が探してる渋谷スバル。スバルは・・・まぁ知ってるだろうけど、ボクシングで一躍有名になった男だ。こんな町からその両手だけで名誉から金からを掴み取った。あいつはこの町にいる、夢も希望もない奴らにとっちゃ大スターなんだよ。そしてその渋谷の下に、村上シンゴ、丸山リュウヘイ、大倉タダヨシ、安田ショウタ、・・・」



そこで一度言葉を切り、赤西はちらりと錦戸を見る。なんだろうとも錦戸に視線を移すと同時に、「四人であってんで、赤西」と短く彼は言った。・・・確認、みたいなものか。はそう納得した。



「・・・その四人が、集った。あいつらにとってスバルは目標だ。スバルみたいになりたいってな。だからあいつらはボクシングをやる。形としちゃ、スバルっていうボクシングジムに入団した、みたいな?だから、もともとは個人だったものが、いつの間にかチームになってたわけだ」
「つまり『RED』はパフォーマンス、『BLUE』はボクシングっていう目的があって結成されたってことね」
「そゆこと。とにかく、『RED』は六人、『BLUE』は五人っていう小さなチームだった。けど、『RED』は結成早々から地方紙とか雑誌なんかにも取り上げられて、口コミなんかの評判も手伝って、その分野じゃわりと名の知れたチームになった。んで、『BLUE』なんかは言うまでもねーだろ?もともと有名人だったスバルを中心としたチームが目立たないわけがない」
なるほど、とは少しぬるくなったコーヒーを口に含む。

そこから先は、想像できないこともない。
要するに、強い物に付き従うのが動物の本能である、ということだろう。
『RED』に憧れる者、『BLUE』に憧れる者がどんどん彼らを取り巻き、増殖して。そうして両チーム共に膨れ上がっていった、と。・・・おそらくは、中心にいる彼らすらよく把握できないほどに。
けれど、きちんとその目的を目指してる人間なんて、そう多くなくて。
互いに助け合い、高め合い、補い合う・・・わけではなくて。
ただそこに寄りかかり、身を隠して、自分の存在を有耶無耶にしている連中だって多い。それのどこがチームなのだろう。寄り集まって、安心して。それはただ傷口を舐めあっているだけだ。



だから、無駄だというのに。



そして赤西の話の続きは、おおよその推察通りだった。







「・・・あー・・・ちょっと喋り疲れちった・・・リョウ、交替して」
話に一段落着いたところで、赤西はぐっと伸びをして錦戸にそう言う。が、返事はない。
無言は承諾の証・・・なのか、また。そう思いは錦戸の座るベッドを見て、
「・・・・・・」
絶句した。
赤西もベッドを見遣り、は?と声を漏らす。
「・・・・・・いや、まさかだろこれは」





まさか。





錦戸は、寝ていた。



しかもわりと、本気で。





「・・・・・・どうなの、これは」













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