場面は切り替わって、ベイサイド・クラブ。


亀梨たち五人は相変わらずバーカウンターに座ったまま、大事だったりそうでもなかったりする話をだらだらと続けていた。明日のステージ構成の確認だとか、練習中にぶつけた腕のあざが痛いだとか、さっきの女は絶対田口の誘いを待ってただとか、そんなの気付かなかっただとか、嘘つくなだとか。


「あ、そういえば・・・さっきさ、その子に聞いたんだけど」
田口が含み笑いをしながらそう切り出す。
「聞きたい?聞きたい?」
「・・・聞きたくなーい」
「興味ねー」
「そういう前振りとかいいから。話せよ早く」
「そんなに聞きたいかぁーじゃあ教えてあげちゃおっかなー」
「・・・・・・」
これはいろいろな事に関して言えるとしても、・・・慣れって、怖いよな。
亀梨は田口の楽しそうな笑顔を見てそんな風に思った。こんな扱いを受けても平気で笑ってられるなんて・・・いや、これが作り笑顔であることはわかっているけれど。かといって、辛いのを押し隠して笑っているわけではない。田口はこれで十分楽しんでいる。だから笑う。
・・・ただ、田口の本当の笑顔はこんな爽やかなものじゃなくて。田口の本当の笑顔は、楽しそうなんかじゃない。可笑しそうに笑うのだ。『楽しそう』と『可笑しそう』。差異はないように、見えるかもしれないが。



そして田口は楽しそうな笑顔のまま、言った。
「渋谷スバルの映画の話が出てるんだって」




一瞬。
その言葉は、亀梨の脳裏に静かに広がった。水面に水滴が落ちて波紋が広がるような感覚。
少し酔いが回っていたはずの脳が、途端にすっと冷めて、醒めて、覚めて、冴える。



・・・渋谷スバル。




「・・・何それ、あんな奴が映画になんの?」
「へぇーそりゃすごいでちゅねー・・・俺らには全く関係ねーけど」
中丸と上田はあくまで平静を保ったまま、突き放すようにそう言う。田中は、何も言わなかった。
「・・・それがね、関係あるんだ」
その言葉に「何が?」と上田が眉を顰める。
「主人公はもちろんスバルだよ。だけどスバル自身が映画に出演するわけじゃないらしい。で、その主役を演じる人間の候補なんだけど・・・・・・、二人いるんだって」
「二人?」


田口は口の端を上げて、楽しそうに、ではなく・・・可笑しそうに笑った。




「カズヤと、赤西」




























男は、豪奢な造りのドアを開けた。
全て白で揃えてある家具や調度品。柔らかい踏み心地の絨毯も白。室温は常にエアコンで一定に整えてあり、そのうえ加湿器によって乾燥もない。


この家は、この町に来る事を決めてから拠点とするべく適当に適当な大きさの物件を買い取ったものだ。
ローンなんてせこいことは言わない。そもそもどうしても利息がついてしまうのがローンだ。そんなものを利用したって、全体を見れば損をしているだけ。というわけでこの物件をキャッシュ一括で買い取った、その男。



横山ユウ。



24歳という年齢にして、すでに映画界、メディア界、その他様々な業界にて確固たる地位を持つ天才プロデューサーである。
横山はひたすら白く広い室内に入り、部屋の隅に座り込んでノートパソコンを抱えている男にまっすぐ近づいていった。
「内」



横山の声にぱっと顔を上げた男の名は、内ヒロキ。



ちなみにこの部屋のコーディネートは内によるものだ。部屋の内装などには興味のない横山が放っておいたら、住み始めて3日後にはこんな部屋になっていた。部屋に足を踏み入れた瞬間横山は絶句したが、自分の好きな色に統一された部屋で、満足げに誇らしげに横山を見たときのその無邪気な視線といったら。横山は怒る気も失せて、ひたすら呆れる事しかできなかった。そのくせそんなお気に入りの部屋なのに、自分が選んだ白いソファにも座らずいつも部屋の角で床にペタンと座っているのだから、さらに呆れてしまう。
内は横山の姿を認めて「おかーえりー」と嬉しそうに微笑む。



「コレ」



横山はポケットから取り出した携帯電話の画面を内に見せた。
映っているのは、白いジャケットを着た女の姿。



「ふーん、誰?」
「それを調べるのがお前の仕事や。この写真今からお前のPCに送るからそれ使って、その女について調べとけ。明日の正午までにやぞ」
「・・・えええー?こんなん・・・横顔やし周り暗いし、写真これ一枚っきりやろ?明日の12時までって結構むつかしい注文やで」
「できるやろ」
「そらできるけどね」
文句を言いながらもさらりとそう返す内は、少し沈黙をおいてから「なぁ横山くん?」と改まった口調で横山に視線を戻す。
横山にはもう内が何を言うのかがわかっていた。そして、それに対し自分がなんと答えるのかも。



「コレ調べたら、・・・なんか楽しくなるん?」



「間違いなく、今までで一番楽しいことが起きるで」



目をしっかりと合わせながら、そう問い、そう応える。そして沈黙が、10秒。
内は無表情という表情を消し去り花が咲いたように微笑んで、「じゃあやるわ」と宣言した。
「頼むで」と横山は声を掛けて、内に背を向ける。



楽しいことが大好きな彼。楽しいことのためなら寝る間も惜しんで、きっと横山の求めている以上に大量の情報をあのノートパソコン(これも白)でかき集めてくれることだろう。それが彼にとっての楽しいことに繋がるのだから。



シャワーでも浴びようと部屋を出ようとした横山を、「なぁ」と内の声が追いかける。
振り返れば、ノートパソコンから顔を上げもしない内が尋ねた。
「渋谷スバルの方は、どうなってん?」
「あぁ・・・乗り気やないみたいな顔しとるけど、流れには乗せた。明日には映画の話、受けるはずやで」
「そっか」
「・・・気になるか?」
今度は横山がそう尋ねると、内は「んー?」と小さく唸ってから、当たり前のように言う。



「そら、楽しいことは多いほうがええもんな」



だから横山は、笑う。
「そう言うと思ったわ」
せやろ、と小さく笑って、それで内は横山との会話を終了させたらしい。ノートパソコンのキーボードを驚くべき速さで打ち込んでいきながら、
「迷子の迷子の子猫ちゃんー、アナタのおうちはどこですかー?」
なんて、鼻歌を歌い始める。こうなったら内は何を話しかけても応えない。
横山は今度こそ部屋を出て、シャワールームへと向かった。















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