「・・・・・・もういーや」
赤西は錦戸を起こす事もせずに、諦めたように息をついた。実際、諦めたのだろうが。
「・・・『RED』と『BLUE』は最初から険悪だった。共通点もねぇからほんとなら対立のしようもねぇんだけど、相性みたいなもんがさ。ほら、ろくに話した事もねーけどなんかコイツ嫌いだとか合わないって思う奴とか、いんだろ?そういう感じで、『RED』と『BLUE』は徹底的に合わなかった」



そうして始まった対立も、当初は、現在のように顔を合わせれば怒鳴りあったり、しかもそれがほぼ必ず殴り合いに発展するなんてことはなかった。


例えば、互いのステージを、または試合を、絶対に見に行かないだとか。互いがいそうな場所には出向かないとか。そんな程度だった。
目障りだったら、視界にいれなければそれで済む。それで、済んでいた。
「ピリピリしてたけど別にでっかい騒ぎもなかったし、ある意味緊張感もあって、バランスのとれてる状態だったとも言えんだよな」
赤西はそこまで話してから、また煙草に手を伸ばした。火がつく。煙が生まれる。紫がかった細い煙は、ゆっくりと螺旋を描くように昇って、消える。





「でも、そのバランスを崩したのが、カホリ」



その名前には煙の行方を追っていた目をバッと赤西に戻す。
カホリ。
「・・・つっても、カホリは『RED』とも『BLUE』とも顔見知りだったってだけだ。カホリ自身は何もしてない。何もしてないのに、そこにいただけなのに、結果的に二つのチームのバランスを崩しちまった」
意識的にでなく。かといって、無意識でもなく。ただ、そこにいただけ。罪を犯してもいない。罰を受けるいわれもない。



「お前はそんな女に似てんだよ」


































カホリという女がいた。



彼女に恋をした男が、二人いた。



たったそれだけの、よくある話。



渋谷スバル。



亀梨カズヤ。



『BLUE』と『RED』、それぞれを取り仕切る二人の男が、彼女に恋をした。











彼らが同じ女を愛したと気付くのに時間はかからなかった。そうして亀裂は決定的な物になる。



それから二人は露骨なほどにカホリを奪い合った。
子供のように、自分のものだ、いや自分の、と主張し合い。
相手よりも自分の想いの方が強いのだとカホリに言い聞かせ。
相手を罵り合って。
蹴落とそうとして。



目障りだから視界に入れなかったものを。
目障りならば排除しようと。
ベクトルは、そんな風に向きを変えられた。









そして、カホリはこの町を去った。
二人の男の愛情に耐え切れなくなって、逃げ出した。
どちらの想いにも応えられない自分を責めて、投げ出した。



彼女が今何をしているのか、どこにいるのかも、誰も知らない。














カホリがこの町を去ったのは、1年前。



その日は、渋谷のボクシングの試合の日。この試合に勝てばチャンピオンへの挑戦権が得られるという、大事な一戦。カホリはこれから試合に向かう渋谷に、「頑張ってチャンピオンになって」と言った。
だから渋谷は頷いた。そして勝利した。



そして、同日。
亀梨は趣味から本格的に始めていた総合格闘技の試合だった。アマチュアの、練習試合のような一戦。カホリはやはりこれから試合に向かう亀梨に、「応援してるからね」と言った。
だから亀梨は微笑んだ。だが、彼は試合には負けた。







だが試合を終えた後、二人がそれぞれいくら探しても、カホリはいなかった。



翌日になっても、翌々日になっても、彼女が二人の前に姿を現すことはなかった。









「頑張ってチャンピオンになって」



「応援してるからね」








この言葉が、別れの言葉?馬鹿な。そんなことがあってなるものか。
しかしカホリは、いなくなった。












その後の渋谷の荒れようは、凄まじかった。
目に付く全てを破壊し、引き千切り、抹消し。
突っかかる人間を殴り倒し、蹴り落とし、踏み躙り。
なだめようとする仲間すらも罵って。拳と心を血に染め続け。
最早彼はボクサーでもシンデレラボーイでもなく、ただの破壊者だと周囲に言わしめた。
彼は誰からも恐れられ、『BLUE』は孤立した。
もちろん『BLUE』から去る者も多かった。渋谷は元仲間だったその人間すらも殴り飛ばした。



そんな渋谷の暴走を止めたのが、彼の弟であるユウタだった。



それまで心臓に欠陥を抱えながらも日常生活を支障なく送っていたユウタの容態が急変し、集中治療室へと運び込まれたのだ。
そうして突きつけられた、残り一年半という寿命。



それから渋谷は性格が一変したかのように破壊行為をやめ、かといってボクシングに専念するかといえばそうではなく、得たチャンピオンへの挑戦権を捨て置いたまま。



そうして静かに穏やかに、ユウタのためだけに生きるようになった。












亀梨はといえば、渋谷が荒れている間、ひたすら地道にカホリを探し続けていた。
使えるツテを全て使って、少しでも情報がある場所へと足を運んで、ろくに睡眠もとらずに、ステージにも上がらずに探し続けた。
それでも、カホリは見つからなかった。



そしてある日、ぱったりと捜索活動をやめた。



諦めたのだ。
未練はある。愛していた。今も愛している。だけど、彼女は見つからない。
それならもう、しょうがない。
諦めるしか、しようがない。



彼は休み続けていた『RED』のパフォーマンスステージにも復帰し、何事もなかったかのように、全てを忘れ去ったかのように、それまでの日常を生き始めた。









渋谷と亀梨。
一人の女を失った二人の男が互いを憎み合うことに、不思議はない。
姿を消したのはカホリである。それぞれが何も知らないことを、互いに知っている。
だけど、
『あいつさえいなければ』、
こうはなっていなかったかも、しれない。
だから、憎み合って、いがみ合って、



もう、1年が、経つ。












































「・・・そりゃ焦るよ。お前を見た『RED』と『BLUE』の連中はさ。戦争みたいに真っ暗な景色と、葬式みたいに真っ暗な景色を思い出しちまう」



「だから田中はお前を追いかけてきたし、村上たちは戸惑った。これでわかったやろ?」



なるほど、カホリという女は追われる立場なのかもしれないと考えたが、追われるというよりもただ探されているという立場だった。田中は亀梨とカホリ(実際はだが)会わせるためだけにを追い、村上たちは渋谷にカホリと同じ顔をした赤の他人を会わせることを怖れて、なかなかの申し入れを受け入れなかったということ。



「・・・・・・・・・・・・」



・・・・・・いや、っていうか。



「・・・・・・お前いつの間に起きてんの?俺にめんどくさいこと全部喋らせといて話のまとめだけはしますか。ひどくね?」
赤西は相変わらずベッドに座ったまま、しかし目を閉じていたさっきとは違い少し楽しげに笑んでいる錦戸を半目で睨みつけた。もちろん錦戸はそんなのどこ吹く風、平気な顔で聞き流すのだが。



・・・こいつ寝てなかったな。話すのがめんどくさかっただけかよ。
遅まきながらそう気付き、赤西は舌打ちをした。
しかしそれも黙殺して、錦戸はに問いかける。
「この話聞いて、お前がスバルに会いに行くんに伴うリスク、わかっとる?」
「・・・・・・」
自分が、渋谷の琴線に触れてしまうかもしれない。・・・逆鱗に、触れてしまうかもしれない。その結果、また渋谷が暴走するかもしれない。それによって村上たちだけではなく、も、そして全く関係のない人々にもダメージを与えてしまうかもしれない。
そんなリスクを知って尚、渋谷に会うのか?
やめておいたほうが、いいのではないか?
錦戸は言外にそう問いかけてきているのだ。
だが・・・は頷く。



「あたしは、明日渋谷スバルに会いにいく。それに伴うリスクもわかってる。行かない方がいいこともわかる。・・・それでも、」
「それでも行くんだってさ」



の言葉の最後を奪って、赤西が錦戸に言う。
錦戸は「あ、そ」と素っ気無く呟いて、もう何も言わなかった。
最終通告はした、ということだろう。これ以上は関与しないという意思表示。



「じゃ、明日になるまでここで休んでけよ。どーせ行く場所もねぇし、あんまウロウロされるのも心配だし」
赤西はもう話題を切り換えて、そうに言う。
そのありがたい申し出には素直に従いたい・・・のだがここは錦戸の家のはずだ。
錦戸を伺い見ると、「そうすれば?」と実にあっさりと許可は下りた。
「・・・じゃあ、そうする」
がそう言うと、言い出したはずの赤西から呆れたような視線。
「・・・お前、いつか痛い目遭うぞ」
「・・・・・・」
その意味がわからないほど世間知らずではない。思わず沈黙すると、錦戸がそれを笑い飛ばす。
「本気にすんなアホ。俺らがお前に手ぇ出したりするわけないやろ」
「・・・ですよね」




それは、自身に色気がないからなのか、
それとも、カホリと同じ顔の女に手を出す気にはなれないのか、


そんなこと、聞かないけど。








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