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「ジン」 「助けてって・・・言ったらおかしいよね」 彼女は呟いた。 「そんな虫のいい話、 許されないよね」 そしてうつむいていた顔を上げる。目が合う。 にこりと小さく笑んだ。 俺は、その笑顔から顔を背けた。 「・・・そりゃ」 「そりゃそうだろ。この町の2大スターに惚れられて、なのにその状況が嫌だとかさ、」 耳に馴染んだ、自分が生まれ育った国の言語なのに、 自分の口から滑るように出てくる言葉の意味が、何故だか、理解できない。 ただわかるのは、この言葉が、 俺が彼女に投げつけている言葉が、 「・・・贅沢、なんだよ」 たぶん、残酷なものだということだけだ。 「まぁ俺はさ、『RED』だし。どっちか選ぶならカズヤにしとけばって言うべきなんだろうけど。・・・でもあいつちょっとガキっぽいとこあるしなー・・・スバルのいいトコだって知らないわけじゃねぇから。・・・・・いいじゃん、自由に選べば」 俺は顔を彼女に戻した。目が合う。 今度は彼女が、目をそらした。 2択の時点で、自由なんかじゃなかったのに。 第3の答え、第4の道を、先に塞いで。 「お前の好きにしたらいいんだよ、カホリ」 彼女の気持ちに、蓋をさせて。 彼女は俺を再び見た。目が合う。 今度はどちらも、そらさない。 「・・・・・・そうだね」 彼女はまた微笑んだ。 俺は、笑わなかった。 彼女にもたれられるのが面倒だった。鬱陶しかった。 『RED』のパフォーマンスがメディアに取り上げられ始めてからというもの、これまでとは段違いに忙しくなったし、ステージで使う曲の作詞にも手を出し始めていたから考えるべきことは山ほどあった。 だから、他人の苦労を労ったり、手を差し伸べたりする暇なんてない。 そもそも彼女がどちらを選んでも俺には関係ない。 スバルを選んだ場合、カズヤが多少荒れるだろうけど、それを治めるのは上田や中丸の仕事だ。俺には、やっぱり関係ない。 だから俺は彼女を突き放した。 俺に助けを求めていた彼女を、 そうと気付いていたのに、気付かないふりをして。 残酷な言葉で、突き放したんだ。 「・・・・・・・・・・・」 赤西は目を覚ました。錦戸の部屋。 ・・・なんだっけ・・・? ぼんやりとしたままころりと寝返りを打つと、目の前によく知った女の顔。 ついさっきまで見ていた夢が、ざぁっと思い出される。 「 カ 」 ・・・いや。 いや、違う。 彼女は、『彼女』ではない。 昨夜の出来事の記憶が一気によみがえった。 彼女は、だ。 そして赤西は、もう『RED』ではない。 だからあれは、昔の映像だ。 「・・・・・・・紛らわしんだよ」 呟いて、そっと起き上がる。は目を覚まさない。 そう、赤西は『RED』だった。 『神に選ばれた歌声の持ち主』と呼ばれながら、しかし突然脱退した、『RED』きっての看板シンガー。 脱退の理由は誰も知らない。そもそも正式な手続きや段取りを踏んで脱退したわけではないので、理由があったのかどうかも定かではないと言われていた。 だが、理由は赤西の中にならば、ちゃんとある。 やりたいことがある。 それだけの、シンプルな理由。 『RED』のメンバーとしてステージに立っていた頃から少しずつ手を出していた、作詞と作曲。ステージ編成用の音楽を作るうち、いつしかそちらのほうにより熱中するようになっていた。そこから本格的に赤西は作詞や作曲について学び始め、これらを仕事にしたいと思うようになった。 しかし毎日何公演も行われるステージをこなしながらの勉強には限界があった。秤にかければ、思いは『RED』での安定した道よりも新しいジャンルへの未知数の道のほうが重かったということだ。だから抜けた。 メンバーには概ね不満もなかったし、『RED』として活動していたおかげでエンターテイメントの業界における人脈を築く事ができたのも事実。そもそも作詞や作曲と出会ったのも『RED』に属していたからである。だから、『RED』として過ごしていた時間を後悔したりすることはありえないし、むしろ感謝しているくらいだ。 ただ『RED』としてパフォーマンスを行う道よりも、作詞作曲を学ぶ道を進みたくなった、だけのこと。 それ以外の理由なんて、 『なぁ、カホリがいねぇんだけど』 『赤西ならなんか知ってんじゃねぇのかよ』 『なんで知らねぇんだよ!!』 『・・・なぁ、カホリ、帰ってくるかな・・・』 それ以外の、理由なんて。 「おう、起きたん?」 降ってきた声に顔を上げると、錦戸がシャワールームから出てきたところだった。 「・・・もうロードワーク行ってきたわけ?」 「おん。朝早いほうが走りやすいねん、人少なくて」 「あそ。頑張るね毎日毎日」 「そらな」 錦戸には目標がある。その目標こそ、ボクシングのチャンピオンだ。 チャンピオン。 渋谷が目前のところまで迫りながら、手を伸ばさずに置いてけぼりにしているそれ。 「スバルがいつまでもそれを掴まんねやったら、俺が先にチャンピオンベルトもらうだけの話や」 「・・・やっぱお前、『BLUE』だよな」 「は?」 赤西の言葉に錦戸は眉をひそめた。 赤西が過去に『RED』と呼ばれていた時代を持つように、錦戸にも『BLUE』と呼ばれていた時代があった。 はっきり『RED』を抜けた赤西と違い、錦戸は今も『BLUE』に片足くらいは突っ込んでいる部分はあるけれど、それでもいまや錦戸は赤西と並んで『BLACK』のツートップと呼ばれている。 もう錦戸は『BLUE』ではない。 それは、もはや周知の事実、暗黙の了解として受けとめられていた。 「俺『BLUE』ちゃうぞ別に。まぁ『BLACK』て名乗った覚えもないけどな。そんなもんにカテゴリー分けしてどないすんねん、俺は俺じゃ。・・・お前かてそうやろ?」 「・・・・・・そーね」 錦戸の言葉に頷いて、赤西はようやく立ち上がった。 「リョウ、俺もシャワー使っていい?」 「換気扇回せよ、出たあと」 「はいはい」 錦戸と擦れ違ってシャワールームに入る。きっと出る頃には、意外と面倒見のいい錦戸が朝食を用意しておいてくれているだろう。 ・・・きっと、彼女の分も。 NEXT |