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「亀梨さぁーん」 あまりに気軽な呼びかけだった。 時刻は午後1時を回ったところ。どちらにしても遅めな朝兼昼食をとるために家の近くにあるカフェへ向かっていた亀梨は、ミュージックプレーヤーのイヤホンの片耳だけ外して振り返った。 悪趣味なシャツに黒いジャケット、白いパンツ。それぞれがそれなりに値段の張るものだということはわかる。問題はそのデザイン性と組み合わせだ。 だからきっと個人のファッションセンスが最悪なのだろう、と結論を出して、亀梨は振り返った先にいる男の顔にようやく焦点を合わせた。 「・・・・・・・・・あんた誰?」 そう問いかけたものの、その人物が誰であるかは見当がついていた。 昨夜ベイサイド・クラブで田口が話してくれた、渋谷スバルの映画の話。その中で、とある映画プロデューサーの話があがったのだ。 『天才って向こうの業界では言われてるし実績もあるらしいんだけどさ、なんか見た感じ胡散臭いっていうか・・・なんか危なそうみたいな、そういう印象の奴なんだって』と田口が言っていた。 ・・・うん、いかにも見た感じ胡散臭い。 「あ、これは失礼いたしました!私こう見えて映画のプロデューサーなんかをやっておりまして、」 男は黒いジャケットの内ポケットから名刺を取り出す。 黒い名刺に白い印字。 ホストかよ、という言葉が喉元まで上がったが、とりあえず飲み込んで。 『たしか名前はー・・・横山ユウとかいうひと』 「名前を横山ユウと申します。どうぞお見知りおきください」 うやうやしく差し出された名刺には、もちろんその名前が印刷されていた。 「・・・ほんまそっくり・・・」 内はパソコンの前で呟いた。 場面は変わって、横山の家。真っ白な部屋には閉め切った遮光カーテンのおかげで外からの光は一切入らない。 そんな室内で内が眺めているパソコン画面には、二つのウィンドウが開いていた。 昨夜、横山に見せられた画像を元に写真に写る女について調べた。 期限は今日の正午まで、と言われていたが、眠らずに調べた結果、実際調査が完了したのは午前6時のこと。 ただ、その調査結果が妙だった。 その女が、『二人いる』という結果。 二つのウィンドウには、それぞれ女の顔写真。 片方は目を閉じていて、もう片方はどこか虚空を眺めているような目つきで前を向いていた。 その差異はあれど、顔の構造はどう見ても同じ顔。 だが、この二人は別の人物だ。内の手元にある膨大な二人のデータには、ひとつとして関連性がない。 もともと顔写真だけが情報源だった内には、ここからどちらの人物が横山にとっての『正解』なのかを絞り込むのは不可能だった。 だから今朝、目を覚まし部屋に入ってきた横山にその結果を報告した。 横山は「・・・・・・これ、確かな情報か?」と目を見張る。ということは、横山自身も二人の人間に行き着くとは思っていなかったということだろうか。 「まぁそりゃー俺の調べた情報やからねぇ。嘘はないわ」 「・・・・・・そうか」 そう言って、横山は黙りこくって何かを考えている。だから内も黙っている。横山の頭の中でどんな計算がされているのかなんて自分には知りようがないし、説明されても理解できるかわからない。何より、今口を挟むのは横山にとってただの邪魔だ。 180秒数え終わったところで、横山は長く息をついて「よし、わかった」と呟いた。 「・・・横山くん、カップラーメンみたいやな」 「は?」 「3分で完成」 「・・・あぁ」 「結局横山くんが調べたがっとったのはどっちやったん?」 そう尋ねると横山は内の頭に手のひらを乗せて、「ありがとな」と笑った。 ・・・あ、この人答えるつもりないな。 そうわかった内は横山にそれ以上聞くことをせず、「頑張ったやろ?」と威張っておいた。 そして渋谷の元へと横山は出かけていった。 それが、だいたい3時間くらい前。 あれからずっと内は2枚の顔写真を眺め続けている。 目を閉じているほうか、開けているほうか。横山が求めていたのは、どっちだろう。 実際、どちらでもいいのだ。 どちらが『正解』なのかなんて、内には関係のないこと。少し気になるけど、興味とすらも呼べない程度の感情。 結局は横山だった。 内にとって、自分の調べた結果に横山が満足したということだけがすべてで、それだけで今日はいい日になる。 天気が良かろうが悪かろうが。 太陽が昇ろうが昇るまいが。 誰が喜ぼうが悲しもうが。 自分が生きようが死のうが。 そのどれも関係なく。 どれにも興味がわかない。 ただ、今日はいい日だと、それだけで。 それだけ? それだけ。 本当に? 「・・・まぁ、違うけど」 本当はね、 横山の関心をそこまで引くそのどちらかの女が、とても憎らしいんだ。 「・・・・・・ま、どっちかってゆうたら、やっぱこっちかなぁ」 呟いて、内はパソコンの表面を指で撫でる。 「・・・・・迷子の迷子の子猫ちゃんー」 目を開けているほうの女の写真の、頬をなでるように。 「アナタにおうちはありませんー」 誰もいないただ白いだけの部屋でそんな替え歌を歌って、内はノートパソコンをパタンと閉じた。 「・・・・・・残念でした。」 NEXT |