「やだよ」
亀梨は即答した。



あれから30分、場所は移って。
結局亀梨が最初に目指していたカフェに亀梨と横山はいる。
折り入って話がある、と横山が言い出してきたときから、予想は確信に変わっていた。昨夜のベイサイド・クラブでの田口の話はきっと本当なのだろう。


そもそも田口という男は、確かだと確信できるような情報でなければ口には出さない。女を口説くためのデタラメな台詞は滑るように出てくるけれど、それとこれとはもちろん話が別。
それに、確信でもなければ。
あんな風に、可笑しそうには笑わない。



そして横山と連れ立って到着したカフェで切り出された話は、やはり「渋谷の役を演じてみないか」というものだった。



「・・・アンタはよそから来たから知らなくってもしょうがないけどさ、俺あいつのことスッゲ嫌いなんだわ。なんでそんな奴を演じる必要があんの?・・・っつかそもそもアンタ」



「熱っ!ここのコーヒー熱すぎません?アメリカやったら訴えられますよこの熱さは」



何を言ってるんだここはアメリカじゃないしそもそもホットコーヒーが熱いのなんて当たり前なんだからちょっと考えて口をつければそれでいいだけの話だろう、と思っても口には出さない。そこは初対面ということで堪える。



だけど。



「・・・・・・帰、っていい?俺」
「あーあーあーすみません!!つい、いやこんなに熱いと思わなかったもんですから」
横山は大袈裟にテーブルに手をついて頭を下げると、湯気の昇るカップをテーブルの端に押しやった。「えーと」と視線を亀梨に戻す。値踏みするような、自分が圧倒的優位に立っていると信じきっている目線。



「やだよと言われてしまいましたが・・・ギャラの話くらいまでは、聞いてみてもええんちゃいますか?」



「・・・・・・」
やはり、それを持ち出してくるか。亀梨は少し眼光に力を入れて横山を睨みつける。
もちろん、先立ったのは嫌悪感だった。
あっさりと金をちらつかせるその態度。金の話を持ち出せば食いつくだろうという亀梨に対する先入観。
気に入らない。
とても気に入らない、けれど。



『最近人件費もかさんできてるから』



と、昨夜、上田と田中が言っていた。それは、嫌というほど理解していて。
いくら知名度が上がって客が増えたとはいえ、有名になればなるほどに演出などに手抜きはできなくなる。ステージも最近になって大きな劇場に移った。それに伴いかかるコストは、『RED』立ち上げの頃のステージに比べれば約3倍に跳ね上がっていた。だけど、やっと増え始めた客をしっかりと固定客にするためには入場料の迂闊な値上げもしばらくはできない。今どうにか保っている黒字運営も、じきに赤字に転んでしまうだろう、と上田が言っていた。
だから、節制はしているつもりなのだが。
例えば、パフォーマンスを見せるのに効果的に使えそうだと思った照明が、買えない。
迫力を出したいダンスシーンなのに、ステージ上にそんな数のダンサーを雇えない。
もう少し、金があれば。
そう毎日のように考えるのは事実だった。



「・・・パフォーマンスチーム『RED』には借金がありますね」



「え?」
横山の言葉に亀梨は目を見張った。そんなことは一言も聞いていない。そもそも借金など作ったなら一時的にとはいえ運営が楽になるはずなのに、そんな兆しは感じていない。
「・・・や、それ・・・なんかの勘違いでしょ。うちにはそんな、借金なんて」
「ないと言い切れますか?」
「・・・」



だけど、言い切れなかった。



「というか、あるんですよ実際。確実な情報としてね、私の耳に入ってきている。あなたが知らないにしろ、・・・知らされていないにしろ・・・チーム『RED』には借金がある、というのは事実なんです。できたてホヤホヤの借金がね」
「できたて?」
「今日、できたそうですよ、その借金」
「・・・そんな・・・」



それならば、まだ兆しを感じていないのは当然だ。むしろそうでなければ昨夜、上田と田中はあんな話をしなかっただろう。そして昨夜は結局夜中の3時までメンバー全員がベイサイド・クラブにいた。つまり、借金をしたのが今日であるということに納得はできる。
しかしそんなことを一体誰が?
しかも、誰にも相談せずに?
いや、もしかして自分にだけ知らされていないのではないだろうか。亀梨の頭をそんな考えがよぎる。
そういえば、昨夜自分たちと合流する前に上田と田中はロフトで何かを話していた。その後何を話していたのか聞くと上田は「ステージのことだよ」とあっさり答え、田中も合わせるように頷いていたけれど。



そもそも、『RED』のメンバーは少しだけ亀梨のことを気にしすぎなところがある。それは距離というほどでもないし、彼ら自身も気付いているのかいないのかわからないけれど。
だけど、亀梨にはその原因はわかっていた。
カホリがいなくなったときの亀梨の様子が、忘れられないのだろう。だからいつまでもそうやって、少しだけ気を遣う。もう大丈夫だと言った。彼らもそうかと言って頷いた。
だけど。
たまに感じる、気遣うような視線。どこか心配しているような、不安げな目線。



彼らの目に、自分はそれほどに重い物を背負っているように見えているのだろうか。



だから、自分にだけ言わなかったの、だろうか。






「借金を作った男はもちろん『RED』のメンバー。しかし彼以外のメンバーは他所から金を借りたなんてことは誰も知らない。あなただけ知らされていないというわけではありません」



しかし、見透かしたように横山が言う。
亀梨はその言葉に、不本意ながらも少しだけ気が楽になった気がした。
疎外感なんて感じていないはずなのに。彼らは仲間なのに。自分は、真ん中にいるのに。
しかし、そんなことは詮無きことだった。亀梨はその中途半端な不安感を押さえつけて、改めて横山に向き直る。
大丈夫。頭を切り換えるのは、得意だ。



「とはいえ、誰が借金を作ったかなんて突き止めようとしないほうが今はいいでしょう。彼は自分の遊ぶ金に困ったわけじゃない。チームのために借金を作った。それにプライドも建前もあるでしょう」



それは、その通り。
メンバーの誰が借金を作ったにしろ、それを他のメンバーに相談しなかったという気持ちは理解できる。
仲間だからといって全てを分かち合うことをよしとするとは限らない。集団と言っても結局集団を作り上げるのは個人だ。考え方もやり方も得意分野も不得意分野も違う。統一する必要なんかない。バラバラだけど、相性がよくって、だから一緒にいて、だから仲間で。
彼らの全てを知りたいとは思わないし、



自分だって、彼らに言ってないことくらい、あるし。



「1千万払いましょう」



横山が唐突に、端的に告げた。亀梨は眉根を寄せる。
「・・・1千万・・・?」
「映画一本、無事撮り終えたときのギャランティーです。映画主演のギャラとしてはかなり少ないかもしれませんが、そこは撮影が短期間ということ、そして失礼ながらあなたが演技の素人であることを踏まえて、まぁあとは全体の予算との兼ね合いもありましてね。まぁなんにせよ、チームの借金なんてあっさり返せる金額ですよコレは」



ご不満ですか?と問いかけてくる横山は、もちろんそんなこと思ってなどいないのだろう。
それが癪に障るが、しかし。
しかし、亀梨は。






















































「受けたんや、映画の話」
大倉が言った。
大倉、安田、丸山の3人はベイサイド・クラブに向けて歩いていた。
本当にこの町は、昼間の人通りが少ない。いろんな店が立ち並ぶ大通りだというのに、開店している店が5軒に1軒、といったところだろうか。
「そうみたいや。昨日の時点でもう受けるつもりやて言うとったし」
安田が答えると、丸山が「そんでもさぁ、」と歩きながら器用に首を捻る。
「よぉスバルが受けたよな。そんなん嫌いやんか」
それには「まぁなー・・・」と大倉も同意する。
たしかに、渋谷は1年前から一切メディアに露出することはなくなった。
取材に来たどこかの記者を殴って追い返し、訴えられそうになったことすらある。それはたしか村上が必死に取り成して、金で解決できたのだけれど。その事件があってからは、マスコミの人間もテレビの人間も渋谷の元を訪れることはなくなった。



「・・・ユウタがな、スバルの映画見たがっとんねやって」



目がほとんど隠れてしまうような長すぎる前髪を揺らして、安田はそれだけ言う。



「・・・あぁ」
「そらまぁ、しゃーないな」
そして、大倉と丸山はそれだけ言った。
それで理由として十分だった。ユウタが望めば、スバルはやる。それが当然だった。だからもう何も問う必要はない。渋谷が何よりもユウタを優先させることは、もう口にする必要もないくらいにわかりきっていることだった。



「・・・・・・あ、そういやさぁ」



丸山が足を止めた。自然、連れ立っていた安田と大倉も立ち止まる。
「ヤスにはまだ言うてなかったよな?」
丸山は大倉に確認するように問う。大倉も「あ、そうや」と頷いた。
「・・・なんやねん、なんかあった?」
安田は怪訝そうに二人を見上げる。



「カホリにそっくりな女の子が、この町に来とんねん」



丸山が少し声のトーンを落として言った。「ほんま、びっくりするくらい似てんねんで」と大倉も補足するように続ける。安田は眉間に思い切り皺を寄せた。
「・・・・・・本人、やなくて?」
「本人やない。その子はっていうらしいんやけど」
「・・・何それ、なんで名前まで知っとんの?どういういきさつ?」
そこで、丸山と大倉は昨夜の出来事を一から安田に説明した。
彼女が田中に追われていたところを助けたこと、あまりに似ていたので村上含め三人が勘違いをしたこと、そして、



「その子、スバルのこと探しに来たんやて」



何よりも、重要なこと。



安田はその言葉に不愉快そうにすっと目を細める。
「・・・なんで」
「わからん。言わんねんそれを」
「言わんかったら会わせられへんやん。そうやろ?その子には、じゃあもう諦めさせたんやろ?」
「・・・それがな、シンゴが今日、スバルとその子んこと会わせる約束してもうたんや」
あのお人好しが。
安田は心の中で吐き捨てた。
なぜそんなふうに事を運んでしまうのだろう。渋谷がそんな女に会って、パニックでも起こしたらどうするつもりなのか。
それとも、そんなはずはないと言い切れるだけの自信が村上にあるのだろうか。
だかなんだか、知らないが。
この二人がこれほどまでに言うのだから、相当似ていると思っていいだろう。
カホリに、似ている。
そんな女が、今日、渋谷に会う。



「・・・・・・現れんといてほしい登場人物やったなー・・・」



安田は前髪をかきあげながら呟いた。



その額にある大きな傷跡が、ぴくりと疼いた。




放っておいた。





















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