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暗闇は別に怖くはなかった。 慣れていた。何も見えないことも、自分の手を引く誰かの顔がわからないことも、今自分が北を向いているのか南を向いているのかわからないことも怖ろしくなんてない。 だけど。 それでも。 しかし。 初めて光を見たときに涙が出たのは、きっと、 「グッモーニーン。朝ご飯はイチゴジャムを塗ったトーストとバターたっぷりのベーコンエッグとヘルシーなグリーンサラダとバナナ、それにミルクたっぷりのカフェオレよダーリン」 「・・・・・・」 こんな言葉で起こされる朝なんてこの先二度とないだろう。 っつーか、台詞のわりに声に抑揚がなさすぎ。 は真上から自分を覗き込む赤西の顔を避けるように起き上がった。窓の外からは日が差し込み、錦戸が窓を開けると少し冷たい風が部屋に吹き込んでくる。視界に入ったデジタルの置き時計が指し示す時刻は『0100pm』。朝食には遅すぎるということを告げる数字だった。 「まぁいいべ。そもそもそんなメニューは嘘だ」 「嘘なんだ」 「当たり前や」 当たり前の嘘らしかった。 「でもカフェオレとトーストくらいならあんで。つーかお前放っといたらいつまでも寝るんやな」 「俺何回か呼吸確かめたもん、あんま起きねぇから」 「・・・スイマセン生きてます」 「らしいな」 「おめでとー死んでなくて」 「・・・・・・」 寝顔を見られたことに対する照れはない。彼らと出会ってからまだ24時間も経っていないけれど、自然にこうして会話ができていた。不自然なくらい自然に。 結局用意してくれたトーストを齧るを眺めながら、錦戸が口を開く。 「今日村上んとこ行くんやろ?何時頃?」 「4時頃に」 「あー・・・ええ時間やな」 「いい時間?どうして?」 答えたのは赤西だった。 「その時間、『RED』はステージ公演真っ最中だから。その間『RED』のメンバーに邪魔されずにお前とスバルを会わせることができるってわけ」 「・・・なるほど」 あの状況、村上もだいぶ混乱している様子はにもわかった。だけどその判断。はてっきり渋谷の体が空くのがその時間からなのだと思い込んでいたけれど、考えてみれば試合もしないボクサーにそう予定が詰まっていることはないだろう。 ということは、村上の計算か・・・。いや、というより『BLUE』の思考の根底にはどうしても『RED』が前提としてつきまとうということだろう。 『RED』が何をしているから自分たちはこう動く。 『RED』は次にこんな行動を起こすだろうから自分たちはこうする。 『RED』が4時にはステージに立っているからその間にを歩かせるというのはただの応用編だ。彼らにとってはそれが当たり前。 もちろん村上はがこうして錦戸や赤西と共にいることなど知らない。もしもが錦戸たちに発見されていなければ、今頃そこらへんの道で『RED』に遭遇していた可能性だってなくはないけれど、それでもにとって一番重要な用件である『渋谷スバルに会う』ことにはひびかない。昨日のの姿を見た村上にはわかるだろう、はたとえ『RED』に何を言われようとも渋谷に会うことを諦めたり取りやめたりすることはないのだということ。だったら結局重要なのは『が渋谷に会う時間』に絞られ、その時間の設定は渋谷との間に入ることになる村上にしかできない。 だから、午後4時。 「・・・・・」 それほどまでに『RED』と関わりたくないというのは、関わるとろくなことにならないとわかりきっているからだろう。 しかし。 それならそれで、なかなか平和的な思考だなとは思う。争わないために、会わない。それは争う為に会いにいくよりよっぽど頭のよくて理にかなった行動だ。ボクシングチームという肩書きには似合わないが、保守的とも言えるだろう。 わざわざこの町まで来てしまった自分とは、大違いだ。別に争いに来たわけではないけれど。 「・・・で、それまでどうすんの?」 「どうしようかな。個室的な雰囲気で誰にも会わずに暇な時間が潰せるようなところとかこの町にある?」 「それ漫画喫茶じゃね?でもそーいや先月潰れたなー・・・」 「・・・世知辛いね・・・」 「つかここおったらええやろ、4時まで。どうせあと3時間もないし」 「いいの?起こされたからもう出てけっていう空気かと思った」 「別に。ただほんまに寝すぎやと思ったから起こしただけやん」 「あ、そうですか」 そんな会話をするうちにトーストを食べ終えたので、は皿を台所に持っていく。 「・・・・・・・」 その台所の汚さに、文字通り絶句した。 そんなの肩を後ろから馴れ馴れしく叩いたのは錦戸だ。 「まぁ、まぁまぁまぁまぁ、時間あるやろ?暇やろ?やることなくって手持ち無沙汰やろ?」 「・・・マジすか」 「メシと宿代だと思えって」 赤西が口を挟む。 ・・・同じように泊まって朝食を食べたであろう彼は何かをしたのだろうか。 「・・・絶対してないよな・・・」 呟きながら、は覚悟を決めて袖を捲り上げながら流し台の前に立ったのだった。 |