コンビニの前にある小さな児童公園で缶コーヒーを飲んでから帰るのが俺の習慣だ。
ブランコ、すべりだい、高さが少しずつ違う3つの鉄棒、砂場、ジャングルジム、水道、ベンチ。誰もいない公園。
ベンチに腰掛けて、携帯いじったり、空を見たり、煙草吸ったり、通りすがる人を観察したり。缶コーヒーを飲み終わるまで、俺の一日の中の、だいたい15分くらいの空白時間。












白いワンピースはまだ4月なのに半袖で、足元は素足にミュール。寒くないはずはなく、その証拠に彼女の顔はとても寒そうに白かった。背は低いけれど子供じゃない。
「あげる」
唐突に白いツツジの花を俺に差し出して、彼女は端的にそう言った。
「・・・・・・どうも」
なんとなく気まずくなりそうだったからとりあえずそれを受け取ると、彼女は子供のように笑った。
それが1日目。







2日目。彼女は鉄棒の練習をしていた。
「ねぇ、逆上がりできる?」
「え・・・」
「やって!あたしできないの。できるようになりたいんだ」
早く早く、と急きたてられて鉄棒の前まで手を引かれる。小さな手。
「・・・えー?小学生の頃はできたけど、今できるかわからんよ」
「じゃあ試してみて!お願い!」
子供向けの鉄棒は低すぎて、うまく回れない。
「・・・あかん、できひん」
「・・・なぁんだ」
その言い方がほんまにがっかり、みたいな言い方やったから俺もちょっとむっとしてしまう。
「俺は身長があるから無理やの」
そう言うと、じゃああたしはできるかな、ちっちゃいから。と彼女は眉根を寄せた。
「まぁ、練習すればできるんちゃう?」
この言葉で終わるはずやったのに、なんでかいつのまにか体育の先生みたいに俺は彼女に逆上がりを教えていて、彼女は神妙な顔でその教えをうなずきながら聞いとった。
こう持って、うん逆手のが回りやすいかもしれん。んで勢いつけて、こう回る。回る瞬間、腕で身体を鉄棒に引き寄せるみたいにすんの。ええ?わかった?
「・・・やってみる」
逆手に鉄棒を握る。少し下がって、勢いをつけて地面を蹴る。ふわり、彼女の体が浮いた。
「・・・・・・あー・・・失敗」
「でももうちょっとやったよ。あとは勢いで」
頷いて、彼女はもう一度鉄棒を握りなおす。
勢いをつけて、砂を蹴って、



くるり。



回りきって地面に足をつけた彼女は、驚いたような顔で俺を見た。
「・・・できた!」
「できとったできとった。よかったな」
「すごい!初めてできた!」
大喜びする彼女の白いワンピースは、鉄棒にこすれたのか少し赤茶色に汚れていた。
「それええの?白い服やったのに」
俺がそうたずねると彼女は「あ、」と小さく呟いて、ばつが悪そうに笑った。








「今日はすべりだいなん?」
3日目。
すべりだいのてっぺんに座っていた彼女は、俺の声にぱっと立ち上がって大きく手を振った。
手を振り返した自分の表情が緩んでいることに気付いて、少し驚いた。
彼女はそんな俺の様子に気付く事もなく、すーっと静かにすべりだいを滑り降りてきた。
また、白いワンピース。昨日ついた汚れはどこにも見当たらない。
ぱたぱたとミュールの足で駆け寄り、俺の手をとって、今自分が降りてきたばかりのすべりだいを指さす。
「滑ろう!」
彼女はどこまでも無邪気だ。









缶コーヒーと一緒に買ったミルクティーを彼女に差し出すと、彼女はあったかいその缶を両手で包み込むように握り、ベンチの俺の隣に座った。4日目、俺らの距離はだいたい握りこぶし3つ分。
「いつも何でここおんの」
そう俺が尋ねると、彼女は首を捻ってくちびるを少し尖らせた。
「・・・・・・なんでだろ」
以上で会話は終了とばかりに、開けて、と缶を俺に差し出す。釈然としないまま、ひとまず缶を開けてやって、彼女に返した。
「・・・家は?こっから近いん?」
仕方なく質問を変えると、「遠いよ」とだけ答える。
「年は?」「20」「名前は?」「」「家族は?」「いるよ」「好きな食べ物は?」「よくわかんない」「好きな色は?」「白」「犬と猫どっちが好き?」「犬」「なんか楽器やっとる?」「小さいときにピアノ」「高校のときの部活なんやった?」「帰宅部」「音楽とか聴く?」「あんまり」「英語喋れる?」「A little.」
これはコミュニケーションとして成り立っているのだろうか。
「俺のこと好き?」
「好き」
そう答えて微笑んだ。握りこぶし1つ分だけ、近づいた。









「今日で最後なの」
彼女はそれだけ言って、ブランコを漕ぎ出した。
俺は少しだけ考えて、その隣のブランコに座る。
「どっか行くん?」


キィ、ふわり。
ブランコのゆれに合わせて、彼女のワンピースの裾がふわりと膨らむ。


キィ、ふわり。


「帰るんだ」
「家に?」
「そう」


キィ、ふわり。
キィ、ふわり。
キィ、ふわり。


「家どこなん?遠いって言うてたけど」
「あそこ」
彼女は顔を空に向ける。満月。
「・・・・・・月?」
「そうそう」
「・・・・・・」
俺は言葉を捜して、彼女は少しだけ笑って。
嘘だよ、という言葉を期待したけれどそのまま彼女は黙ってブランコをこぎ続ける。


キィ、ふわり。
キィ、ふわり。
キィ、ふわり。


「もう会えへんの?」
子供みたいな彼女。どこまでも無邪気な彼女。
だけど「もう会えへんの?」なんて、俺の方が子供みたいだ。
「会えないよ」


キィ、ふわり。
キィ、ふわり。


「ツツジの花、ベンチに置いて帰ったでしょ」


キィ、ふわり。


「でも逆上がり、できるようにしてくれた」


キィ、ふわり。


「すべりだいも一緒に滑ってくれたでしょ」


キィ、ふわり。


「ミルクティーもありがとう」


キィ、ふわり。



「最後だけど、そういうの全部ありがとうね」




キィ、ふわり。
キィ、ふわり。
キィ、ふわり。


これで、終わり。


「うん」
彼女はざざざ、と砂に足を滑らせて、ブランコを止める。
「あなたのこと、大好きになったよ」
ぞくりとした。
「・・・俺も、のこと大好きになった」
俺がそう言うと、また子供のように笑う。



「じゃあ一緒に来る?」



そう言って俺を見上げた彼女と目が合った瞬間、あぁ彼女は本当に月から来たんだなと、何故か確信した。
「・・・俺も行けんの?」
そう答えれば、彼女は逆に驚いたような顔で目を瞬かせた。
「行けるに決まってるじゃない」
おいでよ。そうしたらずっと一緒にいられる。
そう言いながら彼女はブランコから立ち上がって、俺に小さな手を差し出した。
おいで。
行こうよ、一緒に。
白いワンピースがじわりと滲んで、しっとりと光沢を帯びて見えた。
とんでもない安心感みたいなものに包まれて、心の中に柔らかい温かい液体が注がれたみたいな感覚がする。
彼女は笑う。子供のように、無邪気に笑う。



そして俺は、その手をとった。



















(04/30 大倉リクエスト短編でした。一体誰なんだ彼女は。ミステリー的な、フィーリングなお話でした。もっと甘いほうがよかった?すみませんでした・・・)