別れを切り出すのは簡単だ。
どれだけ傷つけずに伝えるかなんて考えることは無意味でしかなく、したがって明瞭を避ける必要もない。
だから、その言葉はとてもシンプルに。
別れよう。
それだけで、言葉としては十分だ。
彼がそこまで私という単体に依存や執着をしているとは思えない。
おそらく、オルタナティブ。代用品だ。私が誰かの代用品であり、誰かが私の代用品である。ようは、私がいなくなったところでその穴を埋める存在はすぐにでも補充できるということだろう。
私は彼のナンバーワンにも、オンリーワンにもなれなかった。
彼は私のナンバーワンだったけど、オンリーワンではなかった。
だから。





























「別れよう」



























私がそう言っても、正面に座るすばるは顔を上げなかった。いつもろくに読みもしない新聞の活字を追い続ける。
聞いていないわけではなく、聞こえていないのだろう。すばるの耳に届くのは、すばるの好きな音だけだ。いつだって、そうだ。
私は立ち上がる。
もう、告げたのだ。言い直すつもりもなかった。私は私の義務を果たした。
彼の我侭で始まったのだから、私の我侭で終わらせるくらいいいだろう。
それに、おそらくすばるは引き止めない。私がこうして席を立ち、鞄を持って、上着を羽織って、靴をはいて鍵を開けてドアを開けて外に出てドアを閉めて鍵をかけてその鍵をポストに落とし入れたって、引き止めはしない。気付いたとしても、意識がこちらに向くことはない。それは、気付いたとは言えない。













すばるに背を向けて、ローテーブルの上にある鞄に手を伸ばす。



と、バシっという音と、背中に痛み。



振り返る。足元にぐしゃっとよれた新聞紙が落ちていた。
「・・・・・・」
すばるは椅子に座ったまま、ありったけの憎しみを詰め込んだような目で私を睨みつけていた。
「・・・・・・どこ行くん」
その視線とその声に恐怖を感じるより先に立ったのは、純粋な驚きだった。
気付いてた?
聞こえてた?
私は新聞を拾い上げて、4つに畳みなおす。



「私は、」



鞄を取り、すばるに近づく。



「すばると別れて」



足を包むスリッパに気付く。これも持って帰るべきだろうか。捨てておいてと言えば、捨ててくれるかな。



「恋人同士でいることをやめて」



お揃いで色違いのスリッパだったけど、すばるは結局2回くらいしか履いていない。



「ここを出て行って、」



いらないなら、捨てればいいのに。玄関先にはいつも履かれることのないすばるのスリッパだけが並ぶ。



「そして、二度と会わない」






まだ椅子から立ち上がりもしないすばるの真横に立って、私は畳んだ新聞紙をテーブルに置いた。
ものすごい形相で私を睨み上げるすばるの頭を撫でたくなったけど、それはやめて、私はすばるの横を通り過ぎた。
この先にあるのは玄関だけだ。

















ガシャン!
















何かが割れる音がした。思わず振り返ると、床にはマグカップの破片、中に入っていたコーヒーがぶちまけられている。すばるの後頭部は動いていない。
すばるはどんどんテーブルの上の物をなぎ払っていった。灰皿が落ちる。置いたばかりの新聞紙が落ちる。煙草が落ちる。ノートが落ちる。ペンケースが落ちる。
彼の名前を呼んだ。答えない。



「そんなことしても、もう戻らないんだよ」



しかし私がそう言うと、すばるはいきなりこっちを振り向いた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
その瞳から憎しみが消え去り、それに替わって怯えと混乱だけが浮かび上がる。
「・・・・・・・・・・・」
それは。
そんな、顔は。
今見せるものじゃなかった。見せないまま、私を見送ればよかったのだ。
揺れたかった。
その瞳に心変わりして、もう一度すばるが好きなのだと実感したかった。








だけど、そんなこと、できなかった。











「・・・・・・・・お前は・・・俺のもんやろ・・・・・・」






「   違うよ」














もう私は嘘をつかなかった。


















(06/11 いやー・・・なんか・・・こんな形でとりあえず、台詞も使わせていただきましたけども。暗い暗い。ごめんなさいくぅちゃん・・・こんなものを期待したわけじゃないだろうに・・・いやーーーーすみません!楽しかったんだたまにこういうの書いてさ!ありがとうございました! )