「俺 お前のこと好きや」と呟く声が耳に届く頃にはもう私の身体は彼の腕の中にいて、ざわり、胸の中で毒が膨らんで滲んだような痛みに目を見開いた。反射的にハッと取り込んだ酸素を吐き出す前に私の腕は彼の胸を突き放す。眉をほんの少し下げた切なそうな顔を見ているのが耐えられなくなって駆け出した。




なんで、なんで、なんで




走りながらポケットの中の煙草を確認する。まだなくなってはいなかったはずだ。喫煙所はたしかエントランスにあった。早く、早く、煙草を吸わなくては。
ガラスに囲まれた喫煙所には人の姿はなかった。煙草を取り出す手、ライターを擦る指先までもがおかしなほど震えていて、呼吸は荒かった。
どうにか先端に火が灯った煙草をおもいきり吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。そうすると急に視界がクリアになって、私は煙草をくわえたまま自分の腕で自分の体を抱いた。




なに、
なに、今の。




この身体を彼が抱きしめた。突然に、愛しそうに、優しく包み込んだ。彼の服からは煙草の匂いがした。そして彼は言った。



「俺 お前のこと好きや」




もういちど煙を吸い込んで、吐き出しながらずるずると座り込む。床は冷たかった。彼の体も冷たかった。






ああ、どうして?



気をつけていたのに。



その言葉だけは聞かないようにと、願ってすらいたのに。






怖い。






そうはならないと、思っていたのに。










本当に?










違う、気付いていた。少し考えればわかることだった。態度や声、周囲の人間に対するそれと私へのそれの違い、出会った当初より露骨に増えた着信やメール、なにより時々私を見つめる彼の瞳の温度。
気付いていた。
だけど知らないふりをしていた。
気付きたくなかった。
彼との今の関係を壊したくなかった。
終わりを迎えたくないから、始めたくなかった。






ずっとこのままでいたいのに、



どうしてあなたは今以上を望むの?






涙が零れて、指に挟んだ煙草にちょうど落ちた。



ジュッと鎮火する音。涙は止まらない。
いずれこうなることはわかっていたのかもしれない。
だけど望んでいなかった。いずれ、の時を迎えないように細心の注意を払っていた、つもりだった。
なのにその時は来てしまった。








ああ、もう、どうしたらいいのかわからない。
煙草を灰皿に投げ込んで、だけどぺたりと座り込んだまま、立ち上がることも膝を抱えることもできない。
ただ涙をはたはたと落として、唇を噛んだ。



逃げて、避けて、かわして、  そうやって今まで、楽しくいられたのに。



どうしたら、いいの?
彼は何を望んでいるの?
私が何を与えれば、何をすれば、彼は満足するの?




















 まだ、逃げさせて



















その願いを打ち破る靴音が、喫煙所に響いた。









(09/22 イメージとしては錦戸です。でも誰でもいける話しですねコレ。)