ゆっくりとした震動に目を覚ました。
いつもの目覚めとは違って朝日がまぶしくもなく、そこはベッドの上でもない。
ふわりと香る外の空気、あぁもう夏も終わるんだ、とぼんやり思う。
私をおぶってゆっくりと歩く隆平の左手には、脱がされたらしい私の靴が揺れている。足の先を撫でる風が少し冷たい。
額に当たる隆平の髪の毛がくすぐったかった。
頬に触れる隆平の肩の骨が固くて少し痛かった。
私を包む隆平の両腕が、温かかった。







もともと出身地も喋り方も考え方も職業も服の趣味も好きな音楽も全然違って、
たとえ好きなものでも好きかと聞かれれば嫌いと答えてしまう天邪鬼な私と、たとえ嫌いなものでも好きかと聞かれれば好きと答えてしまうお人よしな彼は、絶対に相性なんてよくなくて、だから絶対にうまくなんていかないし、そもそも私が彼を好きになることも彼が私を好きになることもないと思っていた。
ぎっしり詰め込まれたスケジュールの中で無理に私と会う時間を作ってくれる彼は優しくて、それに甘えて喜んでおけばいいのに私はそれでも天邪鬼で、無理なんてしてほしくないしそんなのちっとも嬉しくないとそのたびに彼に吐き捨てて、そのたびに彼は会いたかったからと笑った。俺のわがままにつき合わせてごめんなと言って、笑った。
彼のそんな笑顔を見るたびに苛々してなんだか泣きたいような気持ちになって、そんなのはきっと彼の上辺だけの優しさなんだと、きっとこうやってこれまで何人もの女の子を落としてきたんだろうと思って、彼の優しさが私の中に入り込まないように必死に心に防波堤を作ってきた。
それを壊されそうになった昨日、とうとう私は耐え切れなくなって彼からの電話を途中で切り、そのあといくら鳴っても電話を手に取ることはなかったしメールも開きもせずに消去した。もう会うこともないし、二度と思い出しもしない。テレビで彼の姿を見たって動揺しないし、ただの芸能人と一般人として眺めていようと思った。





あんなにひどいことをたくさん言った昨日の今日で、なんでこの人がここにいるんだろう。
なんでこの人とこうしているんだろう。
なんでこの人は、私を迎えに来たんだろう。
そう、考えて。
だけどその答えなんて本当は昨日の電話で全て聞いていて知っているはずで、それでも自分でも嫌になるくらい私は隆平のことを信じられなかったのに、今日初めて触れた隆平の背中は温かくて、いつもみたいに苛々なんてしなくて、ただひたすらに心がしわくちゃになっているような気分だった。



「・・・?」



何も言っていないし動いてもいないのに、隆平は私が目を覚ましたことに気付いて、歩きながら少しだけ振り向いた。これまでにないくらい近い距離で目と目が合う。隆平が少し目を細めて笑った。
それだけのことでじわっと目の奥が熱くなって、目をそらした。



「・・・バカじゃないの?」



「バカやないわ」



「バカだよ」



「なんで」



「バレちゃうじゃん」



「誰に」



「彼女とか、ファンのひととか、隆平のこと知ってるひととかに」



「彼女なんておらんし、バレてもええよ」



「バレて、もし私が怖い目にあったら」



「あわせへんし、あったとしても俺が守る」



「守れないよ」



「なんでそう思うん?」



「忙しいじゃん、そばになんていられないくせに」



「おるよ」



「嘘」



「嘘ちゃうよ」



「嘘だよ」



「絶対嘘やない」



「なんで」



「昨日、言うたやん」







隆平が、立ち止まって言った。
心がまたぐしゃっと握りつぶされたみたいに痛んで、堪えていた涙がとうとう溢れた。
たしかに言われたんだ、昨日。電話口でその言葉を聞いて、どうしてなのか、どうしたらいいのか、何もわからなくなって、何も言わずに電話を切った。あれから24時間経ったって、私にはまだわからないまま。



違う、わかっていた。
わかっているけど、怖かった。



隆平を好きになってはいけない気がしていて、隆平に好かれてはいけない気がしていた。



隆平と私は住む世界が違って、隆平の周りには私とは比べ物にならないくらい可愛い子や綺麗な子がいっぱいいるし、そんな環境に暮らす隆平と一緒に過ごせることに優越感を持てるほど、私は自信家なんかじゃない。
早かれ遅かれこの人は私から離れていくだろうし、もしそうじゃなかったとしても、彼の周囲や私の周囲や未来を考えればこの人とは無理で、だったら今この人が私に向けている好意やこうして一緒に過ごしている時間もいずれ無駄なものになってしまうんじゃないかって思うと怖かった。



だから、それくらいならもう終わりにしようと思った。
もうさよならだと思った。
それなのに。







「俺は、のことが大好きです」







なのに、隆平はそうやって私が逃げることを許してくれない。あんなに優しいくせに、こんなときに限って譲らない。
結局隆平には私の気持ちなんて全部わかっていて、私がどんなに捩れたことを言っても態度を悪くしてもにこにこ笑っていたのは私の本音を見透かしていたからで、だから私はそれがなんとなく悔しくて苛々していただけ。



なんで。
あんなにひどいことをたくさん言った昨日の今日で、なんでこの人がここにいるんだろう。
なんでこの人とこうしているんだろう。
なんでこの人は私を迎えに来たんだろう。
なんでこの人はこんなに優しいんだろう。
なんでこの人は私を好きになんてなったんだろう。



なんでこの人は、







「ほんと、嫌い」



「嫌い?」



「マジで嫌い」



「そっか」



「嘘だよ」



「うん」



「 本当は、」







なんで私は、この人を好きになんてなったんだろう。
なんで私は、本当のことを伝えなきゃいけないときに、涙だけが出てきてしまうんだろう。







「      」







小さな小さな声でようやくそう言って、隆平の首に回っていた腕に、少しだけ力を込めた。
隆平は「・・・ありがと」と呟いて、また歩き出した。




















だいすきだよ。











(09/02 たまには短編でもハッピーエンドを書くべきだと思った。)