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いつの間にか、アパートとマンションの中間みたいな小奇麗な建物の前に俺は立っていた。いつものことだ。 いきたいところにすぐに行ける反面、気が付くと全く知らない場所にいる。今回は後者。 だけどふらふらとそこに入ったのは、建物から漏れる光があまりに柔らかく優しく零れ、そして、 誰かが いる 気がしたから。 誰か。誰?呼ばれているわけじゃない。助けなんか求められてるわけでもない。 ただ、誰かがいる。それだけ感じた。 1フロアに10部屋のこの建物は五階建てだ。しらみつぶしに探すと言ってもたいした手間じゃない。どうせ時間はいらないほどある。 ・・・てゆーか、うわ。「探す」って。探してんだ、俺。誰かのこと、探すのなんて初めてかも。 チャイムを押し込んでも、ピンポーンというありふれた音は鳴りはしない。だから誰にも聞こえやしない。それを何回も何回も繰り返す。機械的に。 俺、なんでこんなことしてんだろ。その誰かがいる保証なんてないのに。 いたところで、どうするつもり?驚かす?取り憑く?それもわかんねーのに何してんの、だいたいその誰かに会えたらどうなるのかなんてわから ピン ポーン 「・・・・・・え、」 今、 たいして間を置かずにドアが開かれた。 その瞬間に何かが溢れて、 入れる入れないの議論を通り越して勝手に侵入したその部屋は明るく、彼女は疑心的な表情のまま、だけどバスタオルを2,3枚俺に押し付けた。それからお茶まで淹れてくれた。 温かかった。この部屋も、お茶も、空気も、何もかもが、 とにかく温かくて、 溢れるものはバスタオルをびしょ濡れにしても尚止まらない。 彼女が、俺の探していた 誰か だ。 だけど、 彼女は、俺が知ってる 誰か にも似ていた。 誰に? 容姿、そこそこ。前髪作った方が可愛くなりそうなのに。 部屋、キレイ。だからきっとマメな性格なんだろうな、あいつと一緒。 ・・・あいつ? 頭に引っかかるその単語にはひとまず蓋をして、だってなんだか思い出したくないんだ。 それより目の前に座る彼女と会話をしながら、視覚で得られる情報を頭に書き留めていく。 名前を聞かれてとっさに忘れたと答えてしまったのは、ちょっとした遊び心。彼女はどうするだろう、と思ったから。 まさかポチとかゴンとかが出てくるとは思わなかった (しかもゴンで定着)。 ちょっと変わったセンス と頭にメモを加える。 幽霊とはいえ人間の形してんのに、ポチ・・・はちょっと・・・ねぇ? そして彼女はとかく警戒心が薄くて、流されやすいようだった。 そうでなきゃこの状況、ありえないし。 なんで拒否しねぇんだろ。 勘違いしそうになる。 救ってくれるんじゃないか、なんて・・・たぶん、それこそありえないけど。 フレンチトーストは焦げ目がついていて美味しかった。 そこでやっと知った彼女の名前。 。 聞いた瞬間、あーなんかそんな感じ、なんて根拠のない相槌が浮かぶ。 ちゃんと食わなきゃ風邪ひくとか、まさか自分の口から出てくるとは思わなかった。 ただ、「ゴンがいるから平気」と 彼女が言った。 どこかで聞いた台詞。 誰かが言った台詞。 『あなたがいれば平気』 そんなのは、嘘だ。 それからも何度となくに感じる既視感。 知らない、知らない、知らない。 そんなのわかんねーよ。 また、蓋をする。 彼女が出かける。 変な男が迎えにきた。最初からこっちを悪だと決め付けて睨みつける嫌な奴。睨み返したけれど、目つきで勝てる気がしなかった。・・・何の勝負してんだか。 先に出て行ったそいつを追って、を家を出ようとする。当たり前だ、そういう予定なんだから。 だけど、行ってほしくない。 行かないで。 そばにいたい。 そばにいてよ、。 ・・・なんで? 知識から弾き出される答えは、さっさと掻き消してしまわなければ。 だからひとつ、苦し紛れの指切りをした。 時計を見上げれば、もうすぐ今日が終わる。 結局も約束を守らないんだ。 そう思って、どこか安心した。 が約束を破って、今日中に帰ってこなければ、決心がつく。 俺は、ここを出て行くから。 またふらふら彷徨って、膨大な時間の中に佇んで、そんな当たり前の俺の世界に戻って行く。 あの時と同じだ。 ・・・・・あのとき、 あいつが、 『仁がいるから、平気』 本当は覚えてる。蓋をしただけだった。蓋をしたところで、消えるはずのない記憶だったのに。 心中なんて、古めかしい響き。 だけど20年前の俺たちは、そこに行き着いてしまった。 「仁がいるから平気」とあいつは弱々しく笑った。 寒い日だった。 橋の上、下を見下ろすと急流に心が揺らぐ。 「ずっと手を離さないでいようね」あいつが言った。 見え隠れする岩と、すぐにも飲み込まれそうな水流が、やっぱり恐くて、 手を離して、俺を突き飛ばしたのは あいつだった。 投げ出された空中で彼女を振り返る。 泣いていた。 ごめんねごめんねごめんね、何度も叫んで。 彼女の不細工な、だけど限りなく愛しい泣き顔を見て、自然に笑みが零れた。 いいよ と呟いた声は、彼女に届いたのだろうか。 届いていなければいい。 許されないと勘違いして、苦しんでいてくれればいい。 そうすれば、俺のことを忘れない。 結局、彼女には捨てきれないものが多すぎたんだ。 そのかわりに切り捨てられたのは俺だった。 そのことを恨むつもりはなかった。 だけど、 寂しかった。 だからね、思ったんだ。 約束なんてしたって意味なんてないんだ。 そんなのは、嘘だ。 それなのに、は。 は帰ってきた。約束をちゃんと守って、息を切らせて帰ってきてくれた。 なんで、 なんで帰ってくんの? 自分が強要した約束なのに、なんだかとても信じられなくて、 また溢れる。 は、彼女に似ていたんだ。雰囲気や物腰、マメな性格。 だけどそれはこじつけでしかなくて、はだった。全然似てやしない。 なのに、 だから、 認識してしまう。声に出してしまう。 「一緒に、ずっと」 あまりに傲慢なこの言葉を。 それが彼女の未来を絶つことだと、わかっているのに。 (02/05 苦し紛れ) |