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今頃は、この空に煙が昇っていっているだろう。 今日が晴れた日でよかったと思う。彼女の好きな天気なんて聞いたこともないが、餞にはこのくらいの綺麗な空が似合う。 俺は火葬場までは行かなかった。 そこまで行くのはだいたいが親族だし、そりゃ行けないこともないけれど、俺が行くべきではないと思った。 見送りはすでに済んでいる。彼女がこの世からいなくなるその瞬間を、俺は見送った。言い換えれば、見殺しにしたとも言えるのだが。 彼女の望みだから。そんな理由はどこにも通用しないだろう。じゃあ仕方ないね、と言えるほど彼女の家族は常軌を逸していない。 常軌を逸していない。 つまりあっさりと彼女を見送った俺は、常軌を逸しているということだろう。 彼女が望んだからって、それが自死を容認する理由にはならない。だけど俺は、 あの夜。 彼女は・・・は、『あいつ』と一緒に一瞬その姿を薄くさせ、次の瞬間の体だけが床に崩れ落ちた。あいつはもう完全に消えていた。水浸しだった床は何事もなかったかのように乾ききっていた。 そして俺は取り残された。 もう手遅れだとわかっていたけどに駆け寄り、何度も名前を呼んだ。呼ばずには、いられなかった。 心音は停止。呼吸もない。もう、誰がどう見たって、完全に・・・死んでいた。 だけどそれを確認した後も、俺は冷静だった。 携帯電話を取り出し、救急車を呼ぶ。救急車が到着する頃には俺はもう自分の立ち位置を決めていた。 俺は恋人であるの家に遊びにきており、話している最中に突然が意識を失って倒れた。だから俺は救急車を呼んだ。それだけの簡単な筋書き。 外傷も何もなかったから俺が殺したという線は限りなく薄い可能性だった。事情聴取は何度か受けたけれど、すぐに疑いも晴れた。 突然死、不審死。 の死はそれらの文字に飾られることになった。十分だろう。ドラマチックさなんて求めていない。 涙は出なかった。あの夜から今まで、一度も。 泣くのが怖いのかもしれない。 『あいつ』が泣いてばかりいたからだろうか。 あいつの涙に、を奪われたような気がしたからだろうか。 何が、ずれてしまったんだろう。 こうなる運命だった?断言する。そんなはずは、ない。 だけど、何かが。全てが、ずれて、重なってしまった。 あいつがの前に現れて・・・・・・それだけだったのに。 あいつが現れなければ、俺はへの気持ちに気付かなかった。 それなら、気付かないほうがよかった。 きっと、大学の友人、元恋人というポジションのままで過ごし、いつか就職でもしてそれぞれの道を歩き出して、連絡もいつの間にかあまりとらなくなって、薄れていったのだろう。 それでもよかった。 気付かない方が、よかった。 それでもあいつを憎む気にはならないのは、何故だろう。 気付かされて、その挙句に奪われた。それなのに。 あいつに同情したわけじゃない。けど。 あの夜、俺の腕の中で体温を失って行くが、 これ以上なく、幸せそうだったから。 何十年かして、俺が死んだら、あいつらに会いに行って。 もう一度奪い返してやろうかなと、そう思えた。 帰宅して、喪服のスーツを脱いでハンガーにかける。 ソファに身体を投げ出す。 ここに、いた。 1週間前には、ここにいた。 だけど、もういない。 だからといって、何も変わらないけど。 一人だ。 一人きりだ。 もう何も、誰もいない。 これからも、きっと一人。 たった一枚。 俺がと付き合っている間に、だけどそれを証拠付けるように二人で笑っている写真は、たった一枚きりだ。 「・・・何、笑っとんねん・・・」 写真の中のは、楽しそうに笑っていた。本当に、楽しそうに。 これから先、楽しいことは絶対にあった。 の嫌いな現実でだって、幸せにはなれた。 俺が、幸せにしてやれたのに。 涙は、出なかった。 涙、なんて、 涙なんて何の意味もないということは、すなわちあいつにただ負けただけなのだと、認めてしまうことになるから。 そんなのは、悔しいから。 負けたなんて、思ってはいない。 待っとけよ。 空が晴れている。 彼女が登っていったばかりの空。 カーテンを閉めた。 だけど 今だけ、 お前には見せないから。 泣いてもいいですか。 (03/12 完結です) |