フレンチトースト以前に我が家にはパンがない、ということに気付いたのは目が覚めてからで
帰りに絶対パン買ってくるから、とゴンを言い包めて家を出た。

















飲み食いしなくてもやっていける存在なはずなのにあの食欲はなんだろう。食欲というかフレンチトーストにかける情熱というか 実際パンがないから代わりに卵でも焼こうか という申し出をゴンは断ったのだし。



「そーまでフレンチトースト・・・?」



結局遅刻覚悟で向かうことにした大学までの道を自転車で走りながら呟く、ちょうどパン屋の前を通ったので閉店時間も確かめて。






「  と 、」






前方に知り合い発見。



向こうは徒歩だし、無視して通りすがって 気付かなかったー なんて言うのもアリですが
相手に気付かれていたとなるとそれはそれで面倒な相手なので厄介。
声を掛けようにも知っている限り彼は移動中常にイヤホンを使用している。




だからまぁ、しかたないよね。




少しだけ自転車の速度を落として後ろからそっとそっと、 狙うはあの もこもこファーがついたジャケットのフード だ !



「えりゃ!」
ボフン (成功です!)

「・・・・・・」

おもいっきり眉間に皺寄せて振り返ったそいつ、まるでヤクザのような凄みようのそいつ。だけどもこもこファーのフードを被った姿ではいまいち迫力がないそいつ。エスキモーみたい。

名前を錦戸亮という。

ちなみにあたしの元カレだったりも、す る 。




「おーはーよ」
「  は?」



不機嫌そうな声は朝だから、ではない。今昼だし(こいつも遅刻組だ)、だいたいいつもこんな声だし。



あ、今日は眼鏡だったのか(もろにズレてます)。



「『は?』って、それは日本の挨拶じゃあないと思う」
「そんならお前が今したことはどこの国の挨拶のつもりや?」
「錦戸眼鏡やめね?根暗に見えるよ、あ、でも実際根暗だからなんだろう、根暗が割り増して見えるよ?」
「しばくぞお前」











錦戸と話すのは面白い。

愛想最悪、だけど付き合っていけばこれが素なだけだと知る。優しさだって十分に持ってることもわかる。
愛想は悪いが顔が良い。話してみればひっそり優しい。そんな男を女達が放っておくわけがない。それはもう世界の常識レベルに当たり前。

だけどこの顔じゃなくたって、愛想が良くたって悪くたって、錦戸と話すのは面白い。それに気付いたのはいつからか。












「お前今日午後からか?」
「ううん、ほんとは1時限からだったんだけど」
「けど?」
「寝過ごしましたよ」
・・・嘘やろ、そう呟いた顔は まぁ結構驚いてるな。
確かにあたしは寝過ごすなんてことは、滅多にない。(付き合っていた頃はそのおかげで錦戸も寝坊することはなかったものです)



「へぇー めっずらし。どしたん?」
「ど、」











どうした って、あれはどうしたんだろう本当に。













「あ、  男や」
「決め付けんな!せめて疑問符はつけて」
「男やないん?」






「・・・」



「・・・」



「・・・・・・」







「ほら、男やん」
「ちが、違うといえばそれまた違うんだだけど」
「新しい男できたんやーへぇー俺はお前とのトラウマのおかげで今も独り身なんやけどなぁー」
「んなトラウマ的なこと起きてねーでしょ!?」




まぁな。 そう言って笑う。むしろ笑え。













実際あたしにしては(彼にしても)珍しい、後腐れない別れだった。友達に戻った、みたいな。



ただ真実、あたしと錦戸が友達だった期間はいつなのか。



付き合う前から、もちろん知っていたけど友達だという気は全くなかったし
今はどうだろう、友達という気は、やっぱりしない。
友達じゃあなきゃ何?よくわからない。








「で、違うといえばそれも違うって ほんなら何やねん?セフレでもできたん?」



また笑う、今度はにやりと なんていやらしさだ!同い年とは思えない!

「違いまプー大外れでプー」
「なんや、セフレは嫌やとか言うといてちゃっかりおるんや」
「なんてことを!違う違う違う、あのときのあれはセフレが嫌なんじゃなく錦戸がセフレになることが嫌だったの!」
「嘘やん俺らめちゃくちゃセックスの相性よかったで?」
「黙れちょっと黙れおまえ」










なんで別れたのかは忘れた。なんで付き合いはじめたのかも忘れた。

そこに愛はあったのか?















・・・・・・・・・・・・忘れた。


















そんなこんなで大学はもう目の前、形だけの警備員のお兄さんに学生証を見せて門を通過。



「錦戸次の授業どれ?」
「データ構造とアルゴリズム」
「うわー別次元ー」
「同じ学部やろ 別次元なことない」
「あたし取ってないそれ」
「お前は?」
「メカトロニクス」



喋りながら、錦戸も駐輪場までついてきた。ちなみに講義棟は真逆です。
いいのに、と呟くとまだ講義始まんないし暇や と。
確かに午後一の講義が始まるまであと20分くらいある。














自転車を停めて講義棟へ向かう道すがらにある購買、兼食堂、兼カフェテリア という欲張りな売店広間に寄る。



「ブレンド」
「と、モカ」



あたしはブレンドコーヒーが好き、錦戸はモカが好き。いつも変わらない。



だけど注文するときはあたしがモカを、錦戸がブレンドを注文するのだ。お金を払ってカップをそれぞれ受け取って、それから交換する。
面倒な手間というほどじゃないけど、確かに意味はない。どうしてこんなことを始めたのか、きっかけなんかも特にない。







ただ、あたしがモカを、錦戸がブレンドを。当たり前のように、まるでそうであるかのように。



















「お前今日講義の後暇か?」
ホットを一口飲むと喉があったまって、まだ冬の初めなこの季節だけど吐く息が白くなる。

「んーん、暇じゃない。パン屋寄って帰ってー、フレンチトースト作るの」
「・・・朝でもないのにフレンチトーストぉ?」
「ほっといてー」
「あ お前アレか セフレまだ家おんねや」
「セ フ レ じ ゃ ね え よ !」


飲みながら歩くと自然に速度は落ちるけれど、もうすぐ講義棟につく。
それにつれ周りに増える同じ学科の学生達 セフレなんて単語に過剰反応したのは2,3人(そんなもんだよね)。

「家におるってとこは否定ナシといただきましたー」
「やばいウザイ錦戸ウザイ、てゆか今日なんか用でもあった?」
「や、俺が暇やっただけや まぁええわ」
「そっ か、ごめん 明日は?」
「明日バイト」
「あーそっか」



「明後日」


「明後日?」
「空けとけ」
「土曜ですじゃん、学校休みですじゃん」
「一日空けろ。ラー博行くで」
「えー横浜かぁ」
「 空 け ろ や。じゃ後でメールするわ」

いつの間にやら分岐点。錦戸は勝手な事だけ言ってあっさり左に曲がって行った。









「・・・・・・あー   そー・・・」





呟いて、とりあえず。



考えてみたらあたし らーめんそんなに好きじゃないよ。
そんなに好きじゃないラーメンを、わざわざ食い倒れるような場所へ行かなければいけないわけ。



どんだけ自己中だ錦戸亮。



アンタはあたしの彼氏か。





















元 だろ。







( 元 彼氏っていうのにあんなに権限があるもんなのかね、もう)









(03/13  大学は東京の大学ですよ。)