金曜日、錦戸と大学で会うことはなく(なんだかんだで大学は広いものだ)、土曜日がやってきた。





ピンポーン、チャイムがなる。約束の11時、5分前なのはさすが。
ドアを開けると、どうしてそんなに不機嫌なの、と聞きたくなるような顔で錦戸はそこに立っていた。


「・・・(わー・・・)おはようござ」
「行くで」
「錦戸はちょっと落ち着くということを知ろうね」


即座に踵を返そうとする錦戸の袖を掴んで引き止める。怪訝そうな顔で振り返った錦戸は、あたしの姿を確かめるように上下から見て、「なんやねん、準備できとるんやろ?」と言う。「・・・そうなんだけどさ」、まぁ確かに、化粧もちゃんとしてあるし服だって着替えてあるし。かばんさえ取ってくればすぐにでも出発できる準備は出来ているのだけど、それにしたってまるで性急なその行動。




「そんなに急がなくってもー、横浜は逃げねえーよ」
「別に急いでへん。単にここに長居したくないだけや」
「へぇーそれは俺がいるからなんですかねー?」
「よぉわかっとるやんけ」







・・・・・・、なんであなた方は普通に会話をスタートさせているのかな?







いつの間にか、というかたった今現れたゴンはあたしの真横に。
そして錦戸は、ものすごい目でゴンを見ている。子供があの目で見られたら泣くだろう。泣いてる子供があの目で見られたら黙るだろう。そんな目で見ている・・・イコール、見えている。









、 なんだろう、この状況。









確か今朝、あたしはゴンに錦戸の前に姿を見せないように、とそれはそれはしっかり言っておいたはずなのだけど。
ゴンは憮然とした表情を隠そうともしないままうんざりと「はいはいはいはいわぁったわぁった、いやしつけーし大丈夫だし」と言っていたはずなのだけど。
今考えれば確かに信憑性に欠ける返事だなコレ。



「・・・、俺車で待っとるから。さっさと来いや」
錦戸は今度こそ踵を返し、すたすたと出て行った。
隣を見れば、もう見えない錦戸の背中に向かって思い切り舌を出しているゴン。
「・・・・・・何やってんのかなーゴンちゃんはー」
「えー?」
「出てくんなって言ったと思うんだけどなー」
「そうだっけー覚えてなーい」
何をこいつは今更しらばっくれているのか。しらばっくれておきながらそのしてやったりみたいな顔はどういうことか。
聞いても答えやしないだろうから聞かない。
そのかわり思い切りほっぺをつねり上げて、いててててっ!と悲鳴を上げるゴンを軽く小突いてからかばんを取ってきた。
「じゃ、行ってくるから」
パンプスを履いてドアノブに手をかけると、ゴンがあたしの肘を掴む。まるであたしがさっき錦戸を引きとめた時みたいに。






「・・・ほんと行くの?」






どうして真顔?
「・・・・・・いや、うん、行くよ」
「ほんとに?」
「行きますよ」
「絶対?」
「行くってば、約束だもん」
「・・・・・・あっそ」


意外なほどあっさりその手は放された。


「・・・・・・いってきます、ねー」
言っても、ゴンは返事をしない。そのまますたすたとリビングへ向かって歩き出した。あぁ、そういう姿勢ですか。
何を言っても(それこそあたしが「行かない」と宣言でもしない限り)無駄だと思ったので、あたしはそのまま家を出る。
ガチャン。鍵を外側から閉めた。


直後、ガチャ。ドアが開く。




「ぜってー今日中に帰ってきてね」




もうその唐突さにも驚かずにあたしは頷く。
「・・・帰ってくるよ」
「約束ー」
「はいはい、約束」




ぎゅっと結んだ小指はやっぱり冷たかった。














階段を下りてエントランスを出ると、何度か乗ったことのある錦戸の4WDが停まっていた。


近づけば、内側から助手席のドアを開けてくれる。別れて以来この紺色の車に乗るのは初めてだったけど、変わらない所作。
「えーと・・・失礼、しまーす」
そう言いながら乗り込めば、「なんやそれ」と笑う。
あ、よかった、笑った。


その空間にはあたしの知らない洋楽が流れていて、だけど錦戸はすぐにあたしがいつも聴いているFMラジオに切り換えてくれた。


「シートベルトしたか?」
「したした」
「じゃ行くで、」
「うん」




走り出した車。ちょうどラジオではミュージックチャートが始まったところだった。









(03/19 出かける前の一悶着)