横浜から東京まで、行きとは違って帰り道は妙に混んでいた。
渋滞にイライラしたような不機嫌そうな顔の錦戸は、だけど実際はそうでもないようで、ラジオから流れる曲を口ずさんだりしている。あたしの知らない、多分洋楽。英語だし。


錦戸にご飯を作ったことは何度かある。何度もある、と言ったほうが正しいくらい。だから錦戸の家の台所、どこになにがあるかはまだ記憶しているはず。
「あ、そうだ、何がある?」
「は?」
「錦戸んち。ご飯作るのはいーけどさ、材料ある?」
心配しなくても錦戸はこの年の男の子(のイメージ)とは違ってちゃんと料理をするひとだということは知っているけど、一応確認。
「あー、・・・一昨日買い物したし、とりあえず肉はある。卵もある。米もある。酒もあるな」
「肉と卵と米と酒しかないの!?野菜は?」
「・・・・・・大根、ときゅうりは買った。あとはなんか適当にあるやろ。・・・あ、もやしはあったな!もやし、そうもやしはある!」
もやしがそんなに大発見か?相変わらず錦戸のテンションがあがるポイントがわからない。というか、今日は一日通して割とテンションは高めなんだと思う。
・・・ゴンとのやりとりの時以外は。
「・・・んー・・・微妙だな・・・」
「お前料理のレパートリー全然ないもんな」
黙れモヤシが!
そう言ったらおそらく殴られるだろうから、睨むだけで言葉は返さない。そんな様子のあたしに錦戸は「図星や」とけらけら笑った。







結局寄る事にした、錦戸の家の近くにあるスーパー。車を入れる頃には、もう辺りは暗かった。携帯を見れば、もうすぐ7時だ。
「案外帰りに時間くっちゃったね」
「車も全然動かんかったもんな。まぁ土曜やし」
ガラガラガラ、カートを押しながら野菜コーナーをうろうろして、
「何が食べたい?」
「フレンチトースト」
「・・・・・・」
錦戸の冗談はたまに笑えない。
「ウソウソ。俺アレ好き、お前の作った煮物。アレにして」
「・・・・・・おうよ」
気を取り直して。
錦戸に作ってあげたことがある煮物だとしたら肉じゃがか筑前煮。どっち?と聞いたらどっちも好き!と答えたから、栄養バランス重視で筑前煮に決定。もやしは使わないけど、まぁ問題はないはずだ。
それにしても、フレンチトースト。というか、覚えてたのかあの話。あの時錦戸はゴンのことをセフレだとかなんとか勘違いしていたけど、結果としてどうだろう、彼にとってはセフレでもなんでも人間の方がマシだったのかもしれない。










作りながら 割と多いな、 と思った筑前煮を錦戸は綺麗にたいらげて、「ご馳走様でした。やっぱ俺これ好きや」と笑った。
「それはどうも、お粗末様でした」
あたしはそう返して、食器を洗い場に運ぶ。
「あ、ええよ置いといて。俺洗うわ」
「え、いいよ別に。そんなにあるわけじゃないし、最後までやりますよ」
「ええから。座っとけ、俺やるから」
こんなやりとりをしながら、錦戸はあたしを引っ張って強引にソファに座らせる。そして自分が洗い場に立ち、食器を洗い始めた。


そういえば、いつもこうだった。あたしがご飯を作ったら、錦戸が後片付けをする。これもそう、互いのブレンドとモカを注文するみたいに、いつの間にか当たり前になっていることだった。



今日一日で随分思い出す。
なんで付き合い始めたのか忘れて、なんで別れたのも忘れた。それでもその間は、あたしたちはこうやって一緒に過ごして、こんなおかしな決まりごとまであって、ちゃんと、




ちゃんと、愛、あった。








水の音が止んで、「ビール飲むか?」という声が聞こえる。「飲むー」と返事をすれば、缶ビールを二つ持って錦戸が台所から戻ってきた。あたしの隣に腰を下ろし、一本をあたしに渡して「ハイお疲れー」なんてやる気のない声で缶をぶつける。乾杯のつもりらしい。
「・・・おつかれー」
ビールを流し込む。冷えたビール。苦かった。




















「お前、帰んなや」
錦戸がそう言ったのは、今にも時計が11時を指しそうな時間だった。
、」
そろそろ帰る、なんて言おうとしたのを察知したかのように先にそう言った錦戸は、3本目の缶ビールも飲み干してしまう。
「帰んな。帰ったらあかん」
だけどそれくらいで酔うほど錦戸は酒に弱くはなかったはずだ。顔もそんなに赤くなっていないし、ろれつが回っていないわけでもない。何より、目がしっかりあたしを見据えている。
「わかるやろ、俺がなんでこんなこと言うか」
なんで、なんてそんなことわかりきっている。ゴンがいるからだ。
『持ってかれる』。
横浜へ向かう車の中で錦戸が言っていたことは、脅しでもなんでもないんだろう。だからこそのこの言葉だ。
それは、わかっている。




だけど。




「・・・・・・だけど、   約束したんだよ」
あたしの言葉に、錦戸は思い切り眉根を寄せる。不機嫌でしょうがないっていう顔だ。わかりやすいな、なんて、場違いにも笑いそうになった。そんなことをしても、その場しのぎにもならないけれど。
「何をやねん」、低い声。



「  今日中に帰るって、  ゴ」



ゴン、という名前を言い切る前に、口をふさがれた。






記憶よりも柔らかい、錦戸の唇で。
















(05/13 意地になっているんですか、それとも)