学校なんてどこも同じで、だいたい同じだけの生徒数にだいたい同じだけの敷地で、だいたい同じ時間枠で、だからそれが東京だろうが大阪だろうが大差ない。
自分と同じクラスにいるのは同じ年齢の男女で、話の内容もレベルも似通ったようなものだし、価値観だってそうそう変わりやしない。



「・・・でもなー・・・浮いてんだよなー・・・」



呟いたのは、もちろん一人。



大差のない周囲、変わりようのない自分、だけど大きく違うのは環境そのものだ。
なんなんだ東京弁って。ただの標準語だっつーの。
なんで同じ本島にいながら言語の壁なんて感じなきゃなんないの。
なんで今まで使ってきた言葉使ってるだけでおすましさん呼ばわりされなきゃなんないの。
見下してるわけじゃないんだよ、テンションとノリが違うだけなんだよ。



かといって無理にチヤホヤされるのも違う。私はただの女子高生だ。
そりゃ買いものに109行くよ。原宿だってしょっちゅう行ってたし六本木ヒルズの映画館で映画見たことくらい何回もあるよ。ディズニーランドだって近いしもう20回以上行ったことあるよ、でもアレ千葉だよ?
東京に住んでるからってしょっちゅう芸能人に遭遇できるわけないじゃん。面白い話なんてそうそうないんだよ。東京と大阪の違いなんて、セブンイレブンの数くらいだよ。



ただでさえ珍しい転入生、だけどよそ者転入生。
昼休みに一緒にお弁当食べる子は3人くらいできた、だけど友達は?
・・・誰が友達?



さん」



帰りのSHRが終わった直後、ぼんやり眺めていた出しっぱなしのノートに影が落ちた。
顔を上げる、けど・・・誰だ。
少し遅れて、ざわりと周囲の注目が一気にこちらへ集まった。ちらちらと「錦戸くん、」という声が耳に入る。
錦戸くん。
誰だ。
だけど私の名前を知っててももう驚かない。もともとそんな大きな学校でもないし、彼はきっと同じ学年だろうから。


「東京の子なんやろ?」
その入り方はもう飽きてるんだよ。
「・・・そうだけど」


「大阪、面白い?」
観光客じゃないんだよ。
「・・・さぁ・・・まだこっち来たばっかりだし」


「学校はつまんなそうやもんな」
答えにくいよ。



錦戸くんは大きな口でにぃーっと笑った。


「帰ろ」


「え?」
「一緒に帰ろって言うとんの。寄り道して帰ろ」


ほらはよー、と私の手を引っ張る。ざわざわざわざわ、クラスの伺うような目線を突っ切って、私たちは教室を出た。












「あーそっか知らんか。そら知らんわな。3組の錦戸亮です。いっつもサボってます。今週も月曜から水曜までサボってました。んで今日木曜日来てみたら東京から転入生おるってゆーし。絶対おもろいと思って見に来た」


誰、という問いかけにこんな風に錦戸くんが答えたのは、昇降口を出たところだった。
「サボりすぎじゃないの、それ・・・」
「だって俺不良やもん。結構人気あんねんで?ワルそうな雰囲気かっこえーゆうて、後輩の女の子とかからよぉ告られるしな」
「同学年にはモテないんだ」
「同学年からはなんか危なっかしくてほっとけないってゆーて告られんの」
「へー」
そりゃよかったですね。


さん、何登校?歩き?バス?」
「自転車」
「じゃあ今日それ置いてき」
「え、無理だよ。家まで結構距離あるし、歩きは辛いもん」
「大丈夫大丈夫。この学校の裏に墓地あんの知っとる?」
「うん」



そこに原付隠してあるから。それで送ってったる。



耳元で囁かれた。息がかかって、腕から足から、鳥肌が立つ。
錦戸くんは思いっきり引きつった私を気にすることもなく、さくさく歩く。
少し錦戸くんと距離が離れて、はた、と気づいた周囲の目線は、あまり好意的なものではない。
・・・モテる男、なんだな、本当に。



「はーよー」



急かされて、鳥肌の立った腕をこすりながら少し走った。
この不良が。免許持ってんのか、原付の。










「どーぞ」
もちろんヘルメットなんてオプション品はなかった。
「・・・・・・」
「はよせぇって、プレミアムシートやぞ?」
「プレミアムシート?」
「男は乗せへん、プレミアム」
「ハードル低いな・・・」


今更断るつもりもなかったので、そのまま原付にまたがった錦戸くんの後ろに同じようにまたがる。
だけど、発進しない原付。というか、発進させない、錦戸くん。
「・・・何?どうしたの?」


「お前と一緒に昼飯食ってた子ぉら、お前の悪口言うとったぞ」
「・・・・・・」
「絡みにくいとかいけすかんとか、東京から来たわりにアカ抜けてないとか。うちのクラスまで来てその辺の女とぎゃーぎゃー言うとったわ」
「・・・」



なんだ。やっぱり、あの子たちは友達なんかじゃなかった。



「・・・あっそ」


わかってたんだよ、そんなことは。
そんくらいのことで傷つかないといえば嘘になるけど、予想できたんだからダメージは最小限だ。


「でも大丈夫。明日っからあいつら、たぶんお前に近づいてこぉへんから」


錦戸くんは振り向いて笑った。
「・・・・・・なんで?まさかなんか言ったりしたとか?」
だとしたら正直迷惑な話だ。だって初めて会った不良に助けられてときめくほど、私は少女マンガが好きじゃない。女の子同士の話に男が絡んできて好転することなんて、ないに等しい。むしろ逆効果に作用するのが現実だ。



「あのグループで一番うっさい子、俺のこと好きやもん。今頃お前が俺と帰ったからブチ切れとるやろ・・・明日からお前間違いなくグループからハブかれんで」



「・・・なんだそれ!!」
「やーっぱ自分のこと嫌いな奴らとつるむんなんてめんどいししんどいやん。友達でもないのに一緒にメシ食ってて楽しいか?悪口言われへんように波風立たんように会話すんのなんて疲れるだけやろ?あんな奴ら、要らんやん」
それは、そのとおりだけど。
だけど。


「勝手なこと、しないでよ」


そう言った声は自分で驚くくらい小さくて、なんだか泣きそうな声みたいだったから焦った。
別に、こんなことくらいで泣きたくなんてならないのに。
錦戸くんはまだ笑っている。何がそんなに楽しくて笑うんだろう。転入生を孤独に陥れてどうしたいんだ。


「俺なんもしてへんやん。一緒に帰ろって言うただけやで?
「・・・・・・」
「自分がついてきたんやん」


・・・最低だ、こいつ。


「・・・そんな目論見があるとは思わないでしょ」
「そら被害妄想やわ」
「・・・もー・・・明日から完全一人じゃん」
「一人嫌?お前、そんなふうに見えへんけどな。一人でなんでもできる感じする」
「昼休みに賑やかな中でひとりぼっちって結構さびしいんだよ?」
「知っとるよ」
「なんかのグループ分けのときとか、最後まであぶれるのってすっごい惨めな気分だし」
「せやなぁ」


「友達でもないひとたちでも、いるのといないのじゃ大違いなんだよ」


「友達でもないなら、おってもおらんでも一緒や」


「・・・じゃあ誰もいないじゃん」





だから、引っ越してきたくなんてなかったんだ。
私は馴染むのが下手だから。取り繕うことが苦手だから。共通の話題もない。言葉だって違う。
だったら、


どうしたって、一人じゃん。








いきなりのエンジン音と振動に心臓が跳ねた。



「つかまってー。原付から落ちると結構痛い怪我すんで」
え、話終わったの?
複雑な心境のやり場に困ったものの、「ほら」と促されて、錦戸くんの制服をつかむ。








「ハイつかんだ。お前はもう、一人やない」








その言葉に、息を呑む間もぽろっと涙をこぼす間も呆れる間も与えずに原付は発進した。
初めて乗った原付は、自転車に慣れてる体にはやっぱり早く感じる。風が冷たい。長い髪がぶわっと後ろになびいてしまう。



「明日から後ろ乗るときは髪結べや。ぼっさぼさになるから」



そう助言してくれた錦戸くんの髪はもうぼっさぼさで、じゃあヘルメットかぶればいいのにと思ったけど、



なんか、笑えた。












(10/03 彼は助けたつもりじゃないんだろうけど本当になんの助けにもなってなくて、彼女完全迷惑だし正直笑ってる場合じゃないんだけど、つまりは学生っていいよなっていう話。)