「好きなひと、できたんだね」



ソファに座って、窓の外から差し込む日光に目を細める。彼は立ち上がって、レースのカーテンを閉めた。
そしてまたこちらを振り返ったときの顔は今まで見たことのない表情を浮かべていて、その瞬間にものすごく苛立った。だけど彼はそんなことには気付かない。私が何を思っているかなんて、気付いたりしない。少し前までだったら、気付いてくれたかもしれない。彼は場の空気を読むのが上手だったし、してほしいと思ったときに何も言わずにキスしてくれた。
だけどもう違う。このままでは、彼は変わってしまう。



「・・・意味わかんねー女でさ・・・俺が何してやってもたいして嬉しそうにしねぇんだよ」
心底まいったような声色で言いながら、ソファに座りなおす。その肩に頭をもたれかからせても、彼は何も言わないし何もしない。
「・・・きっと真面目な子なんだよ。大事なのはお金よりも心だとか思ってるタイプの」
「・・・・・・」
「あんたにできることなんて、金使った遊びだけじゃん。そういう子がそれで喜ばないのなんて当たり前でしょ」
「・・・そう思う?」
「気後れもあるかも。わたしとあなたじゃ住む世界が違うのよーって、自己陶酔して諦めてんのかもよ」
バカみたいにね。
そう呟くと彼は低く笑った。私の肩に手を回して、頭のてっぺんにキスをする。私が拗ねてみたりわざとそっけない態度をとったとき、ご機嫌をとるために彼がする仕草だ。
「お前くらい性格悪かったらよかったのにな」
「性格悪い女じゃなきゃ、あんたの隣にはいられない。だからあんたとその子じゃ似合わないってことだよ」
「・・・諦めたほうがいい?」
「・・・さぁ」
いつだって彼は急に呼び出すし、セックスの最中にしか『好きだ』とは言ってくれない。一度だって彼女だと誰かに紹介してくれたもことない。
私は私で、呼ばれても面倒だったら断るし、セックスの最中にしか『好き』なんて言わない。一度だって彼氏だと誰かに紹介したことなんてない。
だって、それがちょうどよかったでしょう?都合よくて、重くなくて、だけど寂しくもなくて。バランスの取れたちょうどいい相手だったはずだ、お互いに。



そんなぬるま湯みたいな心地いい関係からさっさと一人だけ抜け出そうとするなんて、卑怯だよ。



「・・・あんたが車も家も仲間も全部捨ててその子のところに行けば、きっと受け容れてくれる」
「・・・・・・」
「だけどどうせできないでしょ?」
「・・・・・・」
「このままでいいじゃん。今のまんまのあんたのこと受け容れてくれない子なんて、好きになったってしょうがないし」
言葉を発するたびに、心が乾いていく。わかってる。こんなふうに欲しいものを諦めさせようとするなんて、卑怯なのは私のほうだ。好きでもないくせに、なくなりそうになったら捕まえたがる。子供みたいに、わがままを言って引き止める。
彼のことを好きになったらよかった。
好きになっていたら、きっと応援できた。背中を押して、その子のところへ向かわせることだってできた。
だけど、そうじゃないから。



好きでもない男に置いていかれるなんて、悔しすぎるから。



「諦めていいと思うよ」



そんな恋心、さっさと終わらせてしまおう。



体をソファから起こして、彼の頬に手をあてた。寂しそうな顔。可哀想、と思う。
「・・・私がいるじゃん」
目を合わせてそう言うと、彼はしばらく私を見つめて、ようやくいつものように笑って見せた。
「・・・じゃあ、いっか」
背中に彼の腕が回ったと思ったら、思い切り抱き寄せられる。
しばらくは私はその子の代用品かもしれない。それでも、置いていかれるよりはよっぽどマシだ。


このままでいい。一番大事なものなんて、私たちにはなくていいんだよ。










一雫の涙くらい、気付かないふりをしてあげるから。






ONE DROP