右手が痺れている。
握って開いてを繰り返すと、いつできたかわからない薄桃色の傷跡が手のひらの上を走っていた。
キィ、扉が開く。
彼女が帰ってきた。
そう思って、唐突に思い出す。
この傷は、彼女と出会った日にできた傷だった。















彼女は赤黒く染まったブラウスとぼろぼろに引き千切れたもんぺを身につけて、あの日、俺の前に現れた。
焼け爛れた背中からこびりついたブラウスを引き剥がすと、皮膚なのか肉なのかわからないものが一緒に剥がれた。
「痛い?」と聞くと、「たぶん」と答えた。

「空襲か?」
「うん」

「家族は?」
「家と一緒に潰れた」

「友達は?」
「いない」

「一人?」
「一人」

ところどころ炎にちぢれた黒い髪、傷だらけの素足、背中から流れる血液が地面に次々と染み込む。
彼女は痛みも悲しみも感じていないような顔で、ただ奇妙なほどにきらきらと太陽の光を反射する真っ黒な瞳で俺を見ていた。

あぁこの子や、と思った。

「俺も、一人」

そう言って微笑むと、彼女はまばたきひとつで頷いた。














「ねぇ、」
彼女が俺を呼ぶ。
「どうした?
焦げてちぢれていた髪は、俺が切った。すっきりした短髪がしゃらしゃら揺れる、俺のお気に入り。
は呼びかけておいて、ネジの切れた人形みたいに扉の前に突っ立ったままどうしたらいいかわからないような顔をして、あの日から変わらない不思議に輝く瞳で俺を見つめていた。
「おいで、
俺が呼ぶと、素直に俺の正面にぺたんと座る。
「そっちやない」
そう言えば、そのままくるりと後ろを向く。
「見して」
その言葉に、は着ていた国民服のボタンを外した。もともと俺のだった国民服を、はもう自分のものかのように身に着けている。
本当は、国民服ごとが俺のものになっただけなのに。

露になる背中いっぱいに醜く引き攣って残る、生々しい傷跡。


「・・・ほんま、気色悪いな」


その傷跡に指先で触れると、はほんの少し首を傾けて俺を見た。





きらきらした瞳。
この子は正体も知らない男と暮らすことも、その男の前で服を脱いで肌と傷をさらすことも、それを罵られることにも、何も感じていないのか。





真っ黒な瞳は、壊れた色。





人形にすらなりきれなかった、ただの壊れた女の子。





俺はこの子をどうしたい?
もう、自分のものなのに。彼女が逃げ出すはずもない。逃げ出したって、行く場所もない。彼女は俺のものだ。こうして名前を呼んで、触れている。なんなら抱くことだってできる。彼女は抵抗を知らない。
だから、この先もずっと。何も持っていなかった俺の、唯一の手に入れきっているものなのに。






なのにどうして、満たされない。




































轟音。




「・・・・・・・」
小川に足を浸して涼んでいる俺らの真上を、いくつもの爆撃機が飛んでいる。
「・・・・・・・この高度、爆弾落とすつもりやな」
俺がそう言うと、は緩やかに空を見上げた。
「たぶんここも、燃える」
「そうしたら?」
「そうしたら、死んでまうな」



川のふちに腰掛けて、は「あとどれくらい?」と尋ねた。



「わからんけど、きっと、すぐ」
















逃げ出す気にはならなかった。
死んだら、俺があの日置いてきた友達や家族に会える?
そんなわけない。
あんなにぐちゃぐちゃになったみんな。魂すらぐちゃぐちゃに砕けてしまったに違いない。
だから、会えるわけなんてない。
だから、会いたくもない。
こんな馬鹿げた国の馬鹿げた戦争のために死ぬなんてと思うけど、それに抗うためには戦わなければならなくて、戦うということは、・・・結局は、一緒で。
だったら、それが無意味だという結論すら、一緒だ。




















「逃げればいいのに」






不意に、が言った。






「え?」






少し遠くに、最初の爆弾が落ちた音が重なった。
は静かに立ち上がり、川の真ん中までゆっくり歩いた。膝のあたりまで水に浸かりながら、俺を振り返る。
「なんで?」
俺が尋ねると、は目を伏せた。







「逃げなよ」




が 初めて 俺から 目を そらした。










「・・・これも、返すから」
そう言って、国民服のボタンを外しはじめる。
白い肌と、醜い傷跡。
俺の、



「やめろや!!」



怒鳴って、ばしゃばしゃとの元まで走る。
大声に驚いたように動きをとめた、の肩を掴んだ。




は一人で、俺も一人で、だから、二人で。



は壊れてて、俺のもので。






「俺ら、一緒やろ」






俺も、  壊れてて。






だから、一緒だった。
















「あなたと一緒に死にたくない」






「なんで」






「私は、一人で死にたいんだ」






「なんでやな」



















は、真っ黒な瞳で俺を見つめた。








「・・・・・章大に  死んでほしくないからだよ」













その目から、ぽたりと涙が落ちて、




俺は自分の間違いを知って、





壊れてなんかいなかったを初めて愛しいと思って、







強く抱きしめた。


















そしてそのまま俺たちは、