大阪から東京までの2時間弱という短い時間の中でも疲れた体には貴重な休息時間。


新幹線の中は静かで、乗り込む前にキオスクで買ったスポーツ新聞を読むうちに瞼が重たくなってきた。
マネージャーもメンバーも一緒には乗ってへん。どうせ東京は終点やし乗り過ごす心配なんてないけど、寝るのもちょっと不安やし、コーヒーでも飲んで目ぇ覚ましとこ。そう思ってふっと前を見ると、車両のドアが静かに開いた。紺色の制服をきた車内販売員のお姉さんが、丁寧にお辞儀をしてワゴンを押して入ってくる。


このちょうどええタイミング。やっぱ日ごろの行いかなと思ったけど誰も突っ込んでくれる人間がおらんから口に出しはしない。そんなんただの独り言やん。


弁当やお菓子が積まれたワゴンを押しながら、「お弁当、ビール、ホットコーヒーはいかがでしょうか」と澄んだ声で呼びかけるようにそう言ってゆっくりゆっくり歩いてくる。
俺の座席の少し手前に来たのを見計らって、手を上げる。
お姉さんはすぐに気づいて、「何かご入用でしょうか?」とたずねる。


うわ、めっちゃキレイなひとや。


この制服はこのひとのために作られたんやないかと思うくらいぴったりと似合っていて、濃くない化粧も清潔感。すばらしい。


「・・・・・・お客様?」
呆けたようにそんなことを考えていた俺に、お姉さんはそれでも笑顔のまま尋ねる。
「あ、すんません。えーっと、ホットコーヒーを」
「かしこまりました」
「お熱いのでお気をつけください」と渡されたお湯を注いだインスタントコーヒーの入った紙コップを受け取ってから、「いくらですか」と財布を取り出す。

手ぇ白いなー・・・。
「250円でございます」
「はいはい・・・と」
・・・、小銭ない。しかも札入れを除くと、1万円札だけしかない。
さすがにそれはちょっと迷惑やなと、少し腰を浮かせてポケットの中を探る。確か新聞買ったときのおつりが、


「あ、」


座席のミニテーブルに、足があたった。そこに置いてあるのは、たった今買ったばかりのホットコーヒー。
あ、かかる!と思わず身を固める。パシャっという水音と、紙コップがころころっと転がる音。



だけど、熱く、ない。



「・・・・・・大丈夫ですか?お客様」



一瞬停止していた頭が、その声にまた動き出す。
似合っていた制服を茶色く染め上げて、白いキレイな手を赤くして、それでも彼女は気遣わしげに俺の様子を伺っていた。
「・・・うわすいません!ほんまにすいません!」
コップはそっち側に倒れたようには見えんかったから、つまりは庇ってくれたんや、と気づいてひたすら謝る。
「大丈夫ですよ。それより、かかりませんでしたか?」
「俺は全然、っつーかほんまに、あの、すみません」
「お気になさらないでください。大丈夫ですので」彼女はにっこり笑って、紙コップを拾ってからワゴンに積んであったペーパータオルで床にこぼれたコーヒーをふき取る。
その間に俺はポケットの中から小銭を出して、250円を彼女に差し出した。それを「ありがとうございます」とコーヒーのせいで赤くなった手で受け取り、それから、もうひとつ新しい紙コップを取りだした。コポコポコポ、お湯を注いで、それをまた俺に差し出す。


「どうぞ」


「え、でも」
もう言葉はなかった。にこり、微笑むだけ。その笑顔に負けて、俺は紙コップを受け取った。
「失礼いたします」
最後にそう言って、彼女はまたワゴンを押して歩き出した。



「・・・・・・かっこえ・・・」



思わず漏れた独り言。コーヒーを口に含むと、熱さに舌がびりっとした。
・・・これがかかったんか・・・
よくあんなふうに笑えたもんやなと感嘆すると同時に、申し訳なさが倍増して圧し掛かってくる。



後ろを向くと、ワゴンはこの車両を出ていくところ。



珍しく持ってたハンカチを握って、その背中を追う。
「あの!」
「はい?」
「よかったらコレ、制服とか汚れてもうたみたいやし、あと手ぇ冷やすのとかに使ってください」
「・・・ですが、お返しできるかわかりませんし、」
そう遠慮がちに言う彼女の声を「大丈夫です」遮る。携帯電話の番号を走り書きした新聞の切れ端を渡して、


















「次にあなたが乗る、
東京発の新幹線を教えてください」














それに乗って、俺大阪まで帰りますから。
そう言うと彼女は3秒くらいしてから、営業用の笑顔やない、もっと人懐っこい笑顔で「かしこまりました」と笑った。