|
あのころ、笑いあった。 近い未来を知りながら、いずれ来る別れを理解しながら、それでもその時だけを楽しんで、慈しんで、笑いあった。 何も怖くなかった。 割り切っているつもりだった。彼女には戻る場所がある。行かなければならない場所がある。そう頭に叩き込んで、きちんと処理して、その上で成り立つ関係だったから。そうでもしなきゃ、成り立たなかったし。 だけどまだ。 やがていつかは。 それでも、あとすこし。 もっと、 そんなふうに『その時』が訪れるのを引き伸ばして、春と夏と秋が過ぎて、冬になった。 街にイルミネーションが輝きはじめて、とうとう俺たちは『その時』がやってきたことを知る。 抗うつもりはない。予定通りで、約束通り。はじめから決められていた別離なら、突然引き裂かれたりするよりずっとダメージも少ない。 そして、俺の隣から彼女はいなくなった。うつむいて、「ありがとうね」と囁いて、この手を離した。 それから、2週間。 14日間は、彼女の不在を噛み締めて、彼女がどれだけ俺にとって大事なひとだったのかに気づくには十分な時間だった。 いつの間にかプレゼントまで用意して、そんな自分に驚いた。渡せやしないのに、もう二度と、会うことなんてないのに。 それでも恋しくて、恋しくて、彼女の家に向かいそうになる足を、どうにか引きとめて。その繰り返しの毎日。 彼女は今、幸せになる準備をしているんだ。だから俺が邪魔しちゃいけないんだ。そう自分に言い聞かせて、何度も何度も。 だけど、一緒に過ごした春と夏と秋。彼女のことは、俺なりに精一杯理解しているつもりで。 2週間前に「ありがとうね」と言った、彼女の声が少しだけ震えていたこと。 あれは、都合のいい勘違いなんかじゃない。それくらい気付ける程度には、そばにいたつもりだ。 震えていた声、うつむかせた顔に、彼女が何を隠していた? 玄関先で、雨が雪に変わる様子を眺めながら考える。そんなこと、明白だ。涙を隠していたに決まっている。隠せていなかったけど、隠そうとしていたことには違いない。だけどプレゼントの箱を持ったまま、俺は立ち尽くして外を眺めるしかできない。 わかってるんだ。 自惚れじゃない。 きみは俺を、待っている。 だけど俺が彼女の元に走ったら、彼女の予定されていた未来と幸せはどうなる?壊れてしまうだろう、きっと。彼女がたとえそれを望んでいるとしても、果たしてそれが正解なのかどうかはわからない。 わからないよ、いくら考えても。 だからあと一歩が踏み出せないんだ。 期限付きだった恋を、ゲーム感覚で楽しめていた時期もあった。それがいつの間にか変わっていて。 だけどまだ。 やがていつかは。 それでも、あとすこし。 もっと、 ずっと。 そんな風に、思ってしまって。だけどお互いそれを口に出すことをしないまま、予定通りの別れを迎えて、涙を隠して、手を離して。今ここに、立ち尽くして。 最後に彼女に触れた手のひらを見つめる。掴めなかった手。伸ばさなかった手。 彼女の邪魔をしてはいけない。そう言い聞かせて、自分を縛り付けて。 だけど、 手で溶けた雪の花びらは、 あの日彼女が隠した涙と重なった。 耐えられなくなって、走り出す。雪の降る中、脇目も振らずに見慣れた道を走る。 ごめん。 このまま身を引いたほうが正しいんだろう。だけど俺は自分が思っていたより子供で、それができない。 もしかしたら俺がこうしてきみに会いにいくことで、きみの約束された未来と幸せを、壊すかもしれない。 ごめん。 許してください。 それでも俺は、俺ときみが幸せになる未来を作りたい。 わがままなのはわかる。 だけどきみが俺と同じことを考えていることだって、わかる。 もうすぐ着くから。 そしたらこの手をとって、一緒に逃げて。 俺たちの幸せを作ろう。 ごめんね、 愛してる。 White X'mas 新しい明日へ続く。 |